よく晴れて暑い日になった。短い距離なのに汗が噴き出す。ロダン美術館の入口で荷物検査(これは以後どこの美術館も同じ)。門を入ってすぐ脇の建物で切符を買うと、そこがそのまま展覧会場である。目指す展覧会「ロダンとダンス Rodin et la Danse」はここで観られる。
会場に入るとすぐ通路に横長のパネルが掲げられ、ロイ・フラー、カルメン・ダメドス、イザドラ・ダンカン、アルダ・モレノ、カンボジア舞踊団、花子(太田ひさ)、ルース・セント・デニス、ワツラフ・ニジンスキーの写真と略歴がずらり掲げられている。嬉しい早わかりである。これら多彩な踊り手たちが展覧会の登場人物なのだ。
ロダンがこれらのダンサーたちと接触をもち、しばしば自邸に招いて踊らせ、熱心に観察した事実は夙に知られており、本展でもその所産であるスケッチや水彩、即興的な小像の類がふんだんに開陳される。
言うまでもなく「踊る身体」は彫刻家にとって根源的な主題であり、さまざまに躍動する肢体が所狭しと並ぶさまは壮観そのもの。展示法もさすがに緩急を弁え、見せ方をよく心得ている。
とはいえ、必ずしもどの作品のモデルが誰と判別できるわけではなく、ロイ・フラーやイザドラ・ダンカンに直結する作例は意外にも少なく、ニジンスキーを象ったとされる有名な小像(右膝を高く引き寄せて左脚で立つ)も確証はなく、標題は《ニジンスキー [?] 》のままだ。
ロダンが舞踊家たちの身体表現に魅せられたのは明らかだが、彼の関心はしばしば運動そのものよりも、アクロバティックな所作、極限まで歪められた肉体のありように、むしろ向けられたように思われた。優美な均衡でなく、極端に捻じ曲げられた身体にこそ、真実の瞬間が宿ると言いたげなのだ。
彼がオペラ=コミック座のバレリーナでアクロバティックなポーズを得意とした(舞踊史的には無名の)アルダ・モレノ嬢をことのほか気に入り、繰り返しモデルとしたのも故なしとしない。
もうひとつ興味深いのは、ロダンが既存の自作に手を加え、手足をバラバラに解体して再構成した小像の数々(美術館では「アサンブラージュ」と称する)が本展に組み込まれているところだ。
ここの学芸員がこの種の異形な彫刻の探究にかねてから力を注いでいるのは知っていたが、「ロダンとダンス」という観点から、この特異な表現の意味を問い直すところが実に面白い。彫刻家は身体表現の極限を見定め、さらにその先――現実にはあり得ないハイブリッドな四肢、生身の人体を超えた怪物的なキマイラの領域に足を踏み入れていた。
アクロバティックな身体表現へのあくなき関心は、この禁断の境界を超えようとする見果てぬ夢の里程標だったのかもしれない。恐ろしい芸術家だ。
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一時間ほどで展覧会を見終え、売店でカタログを買うと、その足で美術館の本館「オテル・ビロン」へ。彫刻家が終の棲家とした広壮な館である。
ここで観る常設展示は上野や静岡のとは根本的に異なり、ロダンがかつて「ここにいた」という実感と切り離すことができず、なんとも生々しい感慨をもたらす。とはいえ、小生はロダン彫刻のよき鑑賞者ではないので、ただ順路に従い、ざっとひと通り眺めるだけだ。それでも脅迫的な力がじわじわ伝わってくるのだから、やはりロダンは桁外れに凄い表現者なのだろう。
もう午後二時に近い。ここらで一息つきたいという誘惑を振りはらい、ロダン美術館を後にする。短期滞在者は先を急がねばならぬ。