約束の十一時にはまだ少し間があるので、近傍のサン=シュルピス教会に立ち寄り、ドラクロワの壁画に挨拶する。前もここに来たが、いつ観てもこの壁画は素晴らしく壮麗だ。渋い銀灰色の色調にうっとり。時間があるので他の礼拝室も順繰りに拝観したものの、断然ドラクロワ作品が他を圧している。彼の最高傑作ではあるまいか?
再びオデオン界隈に戻り、コンデ街(Rue de Condé)の店に着いたのは定刻の少し前。開いていた表扉から入ると、コルセル氏が待ち受けていた。彼は小生の絵本蒐集の指南役であり、架蔵するロシア絵本やアンドレ・エレの絵本の大部分は彼が捜してくれた。いわば大恩人なのだが、お目にかかる機会が久しくなかった。対面すると確かに彼なのだが、髪も髭も白さが増し、物静かな初老の紳士といった佇まい。聞くと当年六十六、1952年の生まれという。なんと小生と同い年だったのだ。互いに歳を重ねたものだ。
十五年前の「幻のロシア絵本」展のカタログは彼に贈呈してあるので、今回はそのとき出た『芸術新潮』特集号を持参した。そのなかで小生は彼の実名を挙げて謝意を表していたからだ。そのくだりを彼の前でざっと即興で翻訳して読みあげる。彼の協力がなかったら、あの展覧会は開催できなかった。
店の近況を尋ねると、商売はまずまずだという。「ここに越してきて二十年になるが、この場所は地の利もあって気に入ってる。家賃も高くない。ロンドンに較べると、パリはまだ古本屋がやっていける街だよ。この状態がもうしばらく続くといいのだが」。彼は今では絵本よりも19世紀の古い玩具やゲームの類に力を注いでいて、ロシア絵本はもう扱わない。「高くなりすぎ、手に負えないよ」とのこと。それでもアンドレ・エレが手がけた初期の広告挿絵を自慢げに出してきた。バンジャマン・ラビエは?と尋ねると、状態のいいペーパーバック絵本を何冊か。もちろん再会の記念にと購入した。
館林と東京で先般やった「フランス絵本の世界」展カタログを差しだすと、ほう!と目を輝かせ、ムシュー・カシマなら知っている、細君と連れだって昨秋この店に来た、とのこと。ページを繰りながら、これとこれ、こっちの絵本も当店が提供した、と自慢げである。エレのセクションに差しかかるや、小生に目配せしながら、「このあたりは君のほうが上手(うわて)だね、なにしろエレの絵本は全部お持ちだから」と口にする。「全部」は言い過ぎだが、まあ事実に近い。なにしろ彼がすべて誂えてくれたのだ。もうじき出る青柳いづみこさんのCDブック『ドビュッシーのおもちゃ箱』の校正刷もお目にかけた。カラー頁に載せたエレの肉筆マケット(ダミー絵本)やスケッチ帖は、どれもコルセル氏が譲ってくれた。1990年代のことだ。
あっと言う間に一時間が過ぎた。改めて再会を壽ぎ、「また近々お目にかかりましょう」と口にしたが、果たして次に逢えるのはいつになるのか心もとない。後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。
そのあと午後にはロダン美術館で「ロダンとダンス」展、オペラ座付属博物館で「ピカソとダンス」展を観たのだが、その話はまたのちほど。