"INA, mémoire vive/ L'Heure espagnole"
ラヴェル:
歌劇《スペインの時》全曲
コンセプシオン/ジョリ・ブーエ
ゴンサルベ/ルイ・アルヌー
トルケマダ/ジャン・プラネル
ラミロ/ロジェ・ブールダン
ドン・イニゴ・ゴメス/シャルル=ポール
マニュエル・ロザンタール指揮
フランス放送国立管弦楽団
1944年12月28日、パリ、シャンゼリゼ劇場(ライヴ)
INA mémoire vive 247352 (1997) →アルバム・カヴァー
1944年12月という収録年代にびっくりする。なにしろパリ解放から四か月しか経っていない。屈辱的な被占領の軛(くびき)からようやく逃れたフランス楽壇が歓喜に包まれ、昂揚のただなかで歌い奏でたのは、モーリス・ラヴェルの艶笑オペラの逸品である。
タクトを執るロザンタールは当時まだ四十歳。血気盛んな若造である。作曲家としてはラヴェルの直弟子にあたる。ラヴェルが歿してわずか七年後の演奏であることにも驚かされる。
誰もが最も危惧するのはその音質だろう。なにしろ七十余年前のライヴ録音なのだから多くは望めまい。盛大な雑音のはるか彼方で蚊の鳴くような微かな歌唱が聞こえる再生音を覚悟していたら、あにはからんや、驚くほど明瞭な音質で、往時の歌唱とオーケストラが眼前にまざまざと蘇る。オペラ冒頭の時計のチクタク音からして鮮やかだ。
おそらく放送記録用のアセテート盤からの覆刻なのだろうが、耳障りな針音は全くせず、くっきり輪郭のある歌唱が生々しく耳に飛び込んでくる。どこをどう加工したのか知らないが、これは魔法と呼ぶほかない奇蹟の復活である。
ロザンタールが選んだ五人の歌手は誰もが芸達者。おそらく演奏会形式の上演と思われる(だからオーケストラの音も明瞭で分離がよい)が、にもかかわらず舞台を彷彿させるような巧みな歌いっぷりだ。
あゝ、これを作曲者に聴かせたかった――愛弟子ロザンタールはそう思いながら指揮したに違いない。