なんだか気忙しいままに四月が終わってしまう。今月で賃貸期限が切れる別室の片づけに追われ、来月に迫ったレクチャーの下準備も儘ならない。うかうかするうち早くも八百屋の店頭からは筍が姿を消し、咲き誇っていた霧島躑躅もあらかた枯れてしまった。歳月不待人とはかくの如し。
慌しい月末に、一息ついて何か聴こう。なるべく季節にあった、心休まる音楽を。
"Frederica von Stade -- Berlioz - Debussy"
ベルリオーズ:
夏の夜
ドビュッシー:
選ばれた乙女*
メゾソプラノ/フレデリカ・フォン・シュターデ
語り/スーザン・メンツァー*
合唱/タングルウッド音楽祭合唱団*
小澤征爾指揮
ボストン交響楽団1983年10月7日*、10日、ボストン、シンフォニー・ホール
Sony 88875183412 (CD 9, 1984/2016)
→アルバム・カヴァー"Complete Columbia Recital Albums" と銘打たれたフレデリカ・フォン・シュターデの十八枚組ボックスが昨年出た。コロンビアというが、ここには旧RCAの音源も含まれ、彼女が出演したオペラ全曲盤からの名場面やゲスト出演した演奏会の実況まで丹念に拾い集めた(ほぼ)完璧な全集であることに留意されたい。
廉価ボックスなので歌詞や対訳は付随しないが、LPアルバムをそのまま縮小したパッケージからライナーノーツも(拡大鏡を用いればどうにか)読める。録音データも完備していて永く愛蔵するに堪える内容だ。なによりCD未覆刻の音源がいろいろ含まれるのが難有い。
《夏の夜》と《選ばれた乙女》を表裏に組み合わせたこの好アルバムはかつてCDでも再発されたが、それも今や入手難だろうから、たやすく聴けるようになったのは慶賀というべきだろう。
絶頂期のフォン・シュターデの丁寧で折り目正しく、しかも温かみのある歌唱が素晴らしいが、このアルバムで錦上花を添えているのは小澤の丁寧な伴奏指揮だ。とにかく曲の細部まで克明に読み込み、独唱者にしっかり寄り添って抜かりがない。まことに見事というほかない名人芸だ。
小澤という人は長いレコーディング歴のわりに不遇なところがあり、得意だったはずのドビュッシーは今にいたるまで正規録音はこの《選ばれた乙女》ただ一曲。本アルバムでのフォン・シュターデとの録音と、Philipsでマクネア、グレアムと組んだ録音(
→これ)の二種があるだけ。
最近フランス放送国立管弦楽団を振った昔の実況録音で《海》が出たとはいえ、《牧神》も《夜想曲》も《映像》も《遊戯》も、もちろん《ペレアス》も録音していない。だからこの《乙女》はきわめて稀少な記録なのだ。
A面の(と書いてしまおう)ベルリオーズの歌曲集《夏の夜》も素敵な演奏だ。こちらについては、一年半前このアルバムを中古CDで発掘した際したためたレヴューから書き写してしまおう。感想は全く同じである。
米国のメゾソプラノ、フォン・シュターデ(この発音でいいのだろうか)はフランス物を十八番とし、フォーレ、ドビュッシー、プーランクの歌曲、《オーヴェルニュの歌》、トマやマスネーの歌劇、さらにはドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》のヒロインまで歌っている。そのなかで当CDの影が薄いのは残念な気がする。なかなか魅力的な歌唱だからだ。とりわけ《夏の夜》が。
小澤征爾が若い頃からベルリオーズを大の得意とし、《幻想》のみならず《レクイエム》や《ロミオとジュリエット》《ファウストの劫罰》などの大作を録音したのは周知のとおり。その彼による《夏の夜》の伴奏指揮だから期待できる。丁寧な表情づけと繊細な歌い回し、フォン・シュターデにピタリと付けて間然とするところがないのは流石だ。申し分なく美しいベルリオーズだが、慎重に構えすぎて音楽が小ぢんまりミニチュアめくのも、いかにも小澤らしい特徴といえる。