ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲といえばブラームスと相場が決まっている。この一曲ばかりがあまりにも名高いため、他の作曲家(例えばディーリアスやプフィッツナー)の同種の作品がすっかり霞んでしまい、それらの存在は殆ど知られないまま今日に至っている。
収録時間が八十分近いCDの場合、ブラームスのドッペルコンツェルトと組み合わせるべき適切な作品が他に見つからず、結局は同じ作曲家のヴァイオリン協奏曲とカップリングされるのが関の山なのである。
それではならじ、とばかり、別々の作曲家の手になるヴァイオリンとチェロのための協奏曲を三曲立て続けに収録したのが今回の意欲的な最新録音だ。
ブラームスと組み合わされたのは、ヴォルフガング・リームとジョン・ハービソンによる同編成の作品。おや、リームやハービソンにそんな協奏曲があったけ? と訝しく思われる方もおられよう。それもそのはず、この二人の作品はつい最近の作、どちらも本ディスクが世界初録音なのだ。
"Double Concertos: Brahms/ Rihm/ Harbison"
リーム: ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 (2015)
ブラームス: ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
ハービソン: ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 (2010)
ヴァイオリン/ミラ・ワン(Mira Wang)
チェロ/ヤン・フォーグラー(Jan Vogler)
ピーター・ウンジャン(Peter Oundjian)指揮
ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
2017年11月5、6日、グラズゴー
Sony 1 9075836752 (2018) →アルバム・カヴァー
ヤン・フォーグラーについては紹介の要はあるまい。現代ドイツを代表する名チェリストとして不動の地位をすでに確立している。ミラ・ワン(本名/王峥嵘 Wang Zhengrong)はその妻。わが国での知名度は無に近いが、ジュネーヴ音楽コンクールの覇者であり、筋の通った清潔な音楽を奏でる才媛だ。
フォーグラー夫妻は1996年以来、ブラームスの二重協奏曲で何度も共演を重ねてきたが、そのたびに「この興味深いジャンルで他の大作曲家が曲を書いていないのが残念だ」と痛感してきた由。蓋し当然の思いというべきだろう。
そこで夫妻がとった行動は周到果敢だった。機会を捉えてジョン・ハービソンとヴォルフガング・リームにそれぞれ新作を委嘱し、前者を2010年にボストンで、後者を2016年にニューヨークで、それぞれ世界初演したのだ。
本CDはこれら新作を初録音し、ブラームスの名作と並べて披露しようという実に天晴れな企てなのである。
❖
フォーグラー=ミラ・ワン夫妻は2017年11月2日、ダンビーのケアード・ホールでハービソンとブラームスの二重協奏曲を披露し、11月3日にはエディンバラのアシャー・ホールでリームとブラームス、11月4日にはグラズゴーのロイヤル・コンサート・ホールでやはりリームとブラームスをそれぞれ演奏した。共演はいずれもこのCDと同じ、ウンジャン指揮RSNOである。ハービソンもリームも、このときの実演が英国初演だった由。
本録音は三都市での三日間の演奏成果を踏まえながら、11月5日と6日にグラズゴーでこれら三つのドッペルコンツェルトをまとめてセッション収録したものだ。満を持しての録音といえそうである。
ティボーvsカザルスの昔まで遡らずとも、ブラームスの《ドッペル》は巨匠同士が四つ相撲よろしく真っ向から対決する曲という印象を抱くのは、小生がこれに親炙したのがオイストラフvsロストロポーヴィチの共演LPだったからか。その頃に聴いたシェリングvsシュタルケル、メニューインvsトルトゥリエの共演もまた、息を呑む真剣勝負の趣が少なからずあったと思う。
そもそも本盤のようにこの曲を夫婦で奏する例は、実演ならばいざ知らず、レコードではオレグ・カガン&ナターリヤ・グートマン夫妻のライヴ録音の先例があった位ではなかろうか。ヴァイオリンとチェロが正面切って向かい合うのではなく、互いを思い遣るように、相寄る魂さながら歩み寄って親密に語り合う協調的な演奏は、むしろたいそう新鮮に感じられる。ウンジャンの指揮もその線に沿って、音楽の起伏に逆らわない素直な解釈だ。
❖
初めて聴くリーム作品(「ドッペル」ならぬ「ドゥオ・コンチェルト」と称する)は意識的にブラームス的な対決姿勢を回避した、一種の合奏協奏曲というべきか。作曲者曰く「私の感じでは、ここでブラームスは中心的な役目を果たしていない。むしろ私はバッハ的なるものに導かれた。対位法的な流れが網の目のように張り巡らされる」「二人の奏者が内的な会話を交わし、ひとつの声を奏でるのだ」(ライナ―ノーツより意訳)。全体は二十三分近くかかる単一楽章形式。次第に白熱し、火花を散らすように終わる。
ハービソン作品は伝統的な三楽章形式に則るが、やはりブラームスからは意識的に距離を置いているようにみえる。ヴァイオリンとチェロは対立することなく、終始よく室内楽的に絡み合い、二つの声部がひとつに融合して聴こえることもしばしばだ。リーム作品に較べると遥かに伝統的な協奏曲のスタイルに近く、感興に満ちた愉しめる仕上がりだ。
作曲者はこれがフォーグラー夫妻からの委嘱作品である事実を真摯に受け止め、彼らの演奏スタイルを念頭に独奏部を書き進めていったに違いない。書法も練達にして巧緻。
ハービソンはボストンに所縁の深い作曲家であり、この街で永く学んだミラ・ワンは以前から彼のヴァイオリン協奏曲をレパートリーに含めていた。ちなみに、この二重協奏曲は初演時にちょうど満百歳を迎えようとしていたボストン在住のヴァイオリン奏者ロマン・トーテンベルク(ミラ・ワンの恩師)に捧げられている。
(追記)
ミラ・ワンとヤン・フォーグラーが共演した旧譜については、以下の当ブログ記事を参照されたい。何かの役に立つこともあろうか。
■ 年の瀬にサン=サーンスとシマノフスキ →ここ
■ 春の宵にヴァイオリンとチェロ →ここ