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もう自分自身が老境に入ったのだから、諸先輩方や影響を蒙った人々に先立たれるのは避けられない現実だ。そう自覚してはいても、やはりひどくこたえる。承服しがたい気持ちが抑えられない。井上堯之の訃報を聞いて。
神代辰巳監督作品《青春の蹉跌》(1974)のテーマ(→これ)。この曲がトランジスタ・ラジオから静かに流れ出した四十四年前の明け方を、今でも忘れることができない。これは小生ひとりきりの思い出ではないはずだ。