やっと原稿が仕上がって胸の閊えが下り、穏やかな心持ちで音楽に接する余裕ができた。こんなときには滅多に聴かないドイツ浪漫派を愉しみたい。年に何度かこういうことがあるものだ。とっておきのディスクをターンテーブルに載せる。
"David Geringas -- Tatjana Schatz: Schumann, Schubert"
シューマン:
アダージョとアレグロ 作品70
幻想小曲集 作品73
五つの民謡風小品 作品102
シューベルト:
アルペッジョーネ・ソナタ
チェロ/ダヴィッド・ゲリンガス
ピアノ/タチヤーナ・シャーツ1993年、ハンブルク=ハールブルク、フリードリヒ=エーベルト楽堂
Es-Dur ES 2018 (1994)
→アルバム・カヴァー使い古された表現だが、ゲリンガスの音色は燻し銀のようだ。渋くて、底光りがして、地味なことは地味だが、じんわり心に染み入る。何度か聴いた実演でも、まさしくこの奥床しい響きだった。
シューマンの心の襞に分け入り、シューベルトの秘めやかな歌心に寄り添うのには、この音色こそが似つかわしい気がする。師匠であるロストロポーヴィチの大仰な《アルペッジョーネ》となんという違いだろう。
リトアニアの名匠も今年で七十二歳になる。小生は十年前の2008年、ロンドンでたまたま接したシューベルトの弦楽五重奏曲でのゲリンガスの素晴らしいチェロを懐かしく思い出す。もう来日公演で室内楽は望めないのだろうか。