音楽に餓えていた症状は思っていた以上に深刻だったようだ。喉が渇いた者が水を欲するように、もっともっと聴きたくなる。
"Bohuslav Martinů: Jeux / Karel Košárek"
マルチヌー:
遊戯 I, H.205 (1931) *世界初録音
遊戯 II, H.206 (1931)
四つの楽章, H.170 (1929)
ミニチュアのフィルム, H.148 (1925)
春, H.127 (1921) *世界初録音
呪われた列車, H.258 (1937)
第五月の第五日, H.318 (1948)
台所のレヴュー, H.161 (1927) *ピアノ版/世界初録音
アダージョ: 記憶, H.362 (1957)
ピアノ/カレル・コシャーレク2006年8月15~18日、クロムニェジーシュ
Supraphon SU 3937-2 (2008)
→アルバム・カヴァーボフスラフ・マルチヌーは多作家だったから、まだまだ秘曲の紹介が絶えることない。本CDは世界初録音を含め、珍しいピアノ独奏曲ばかり集めたもの。もっとも無知蒙昧な小生のことゆえ、なかには周知の作品も含まれているかもしれない。とにかく小生は《厨房レヴュー》のほかは初めて耳にする。
いやはや、知らないでいるのは罪深い。マルチヌーのピアノ作品がこれほど魅惑的だったとは!
チェコという出自を持ちながら、1923年に渡仏してアルベール・ルーセルの個人教授を受け、パリの新古典主義の空気を胸いっぱい吸い込みながら、クラシカルな書法とジャズの雰囲気を巧みなやり方で融合した。冒頭に弾かれる二種類の《遊戯》(それぞれ四ないし六つの小曲からなる)でもう魅了されてしまう。
《四つの楽章》のように、故郷を懐かしむかのような鄙びた味わい(ヤナーチェクが連想される)を漂わせる小品集があるかと思えば、渡仏二年後の《掌篇フィルム Film en miniature》では六つの舞曲の装いのもとクールで瀟洒な新古典主義が躍動する。パリジアン以上にパリ的な作曲家が書いた音楽といえようか。
1937年のパリ万博に際して作曲された《呪われた列車(幽霊列車)》も面白い。パリ在住の多国籍の友人たち(チェレプニン、タンスマン、ミハロヴィチ、オネゲル、リエーティ、モンポウ、ハルフテル)とともに曲を持ち寄り、小品集《アトラクション・パーク、1937年万国博 Parc d'attractions, Expo 1937》としてマルグリット・ロン女史に献呈したものだそうな。
《第五月の第五日》は第二次大戦後、亡命先のアメリカで作曲され、親友アレクサンドル・チェレプニンの妻で中国人ピアニスト李献敏(Lee Hsien Ming)に献呈された作品。ライナーノーツによれば蘇軾(蘇東坡)の漢詩に想を得た作品で、楽譜にもその翻訳が掲げられているそうな(浅学非才な小生にはこれ以上わからない)。以上の経緯から想像されるように、五音音階を用いた擬東洋的な作品だ。
しんみりした異国情緒を吹き飛ばすように、軽妙洒脱にノンシャランに奏でられるのが《厨房レヴュー La Revue de cuisine》。永く忘れられていたバレエ音楽だが指揮者クリストファー・ホグウッドが発掘蘇演し世に広めた。
今や最も人口に膾炙したマルチヌー作品のひとつだろうが、ピアノ版での録音はこれが世界初とのことだ。
そんな次第で、聴きどころ満載、重宝にして有益なアルバムである。
奏者コシャーレクの音色はカラリと乾いていて、ちょっとニュアンスに乏しいのだが、それでもマルチヌーの音楽は小生の喉をうるおしてくれた。