音楽は永くわが歓びの源泉である。だからこそ、それを愉楽の域に留めておきたい。ひとたび仕事にしてしまうと楽しんでばかりはいられず、責任と義務感が生じ、苦労の元ともなる。
この一か月間、ライナーノーツ執筆に伴い、関連するおびただしい先行音源を闇雲に聴いたわけだが、どうしても「知るために聴く」「役立てようと聴く」という打算や功利主義が先に立ち、音楽そのものを心ゆくまて愉しむことができかねる。悲しいことだが、それが現実というものだ。
CDで音楽をただひたすら自分の歓びのために聴くのは、だから随分と久しぶりな気がする。これが本来のあり方だというのに!
"Gershwin: Rhapsody in Blue etc -- Donohoe - Rattle"
ガーシュウィン:
ラプソディ・イン・ブルー (原典版、グローフェ編)*
ジョージ・ガーシュウィンのソング=ブック**
■ スワニー
■ ノーバディ・バット・ユー
■ ザ・マン・アイ・ラヴ
■ アイル・ビルド・ア・ステアウェイ・トゥ・パラダイス
■ ドゥー・イット・アゲイン
■ ファシネイティング・リズム
■ オウ、レディ・ビー・グッド!
■ サムバディ・ラヴズ・ミー
■ スウィート・アンド・ロウ=ダウン
■ クラップ・ヨ・ハンズ
■ ドゥー・ドゥー・ドゥー
■ マイ・ワン・アンド・オンリー
■ ス・ワンダフル
■ ストライク・アップ・ザ・バンド
■ フー・ケアズ?
■ ザット・サートン・フィーリング
■ ライザ (オール・ザ・クラウズル・ロール・アウェイ
■ アイ・ガット・リズム
ピアノ協奏曲 ヘ調***
ピアノ/ピーター・ドノホー
サイモン・ラトル指揮
ロンドン・シンフォニエッタ*
バーミンガム市交響楽団***1986年12月30日、87年1月2日、ウェンブリー、CTSステューディオズ*
1990年12月22、23日、ロンドン、アビー・ロード、第一スタジオ**
1990年10月4~6日、ウォーリック大学、ウォーリック・アーツ・センター、バターワース・ホール***
EMI CDC 7 54280 2 (1991)
→アルバム・カヴァーつい最近たまたまBBCラヂオで耳にするまで、かかる音源が存在するのを迂闊にも知らなんだ。登場以来かれこれ三十年になろうという古いCDだというのに。そもそもラトルに「サー」が附いていない。
サイモン・ラトルは《ポーギーとベス》全曲録音がある位だからガーシュウィンに一家言あるに違いない。このアルバムでも《ラプソディ・イン・ブルー》にわざわざジャズ・バンド用の最初の版を用意し、しかもテンポは作曲者のピアノ版に依拠して、速いところは恐ろしく速い。このあたりは先輩格のマイケル・ティルソン・トマスの衣鉢を継いだところだろう。とにかく音楽に勢いがある。
本アルバムでの白眉は、《ラプソディ》と《協奏曲》で独奏を担当したドノホーが単独で披露した《ソング=ブック》での目の醒めるような快演ぶりだ。いうまでもなく、この《ソング=ブック》はすでにヒットメーカーとして鳴らしたガーシュウィンが、ブロードウェイでの代表曲を自らの流儀で巧妙にピアノ曲集に仕立てたもの。これこそガーシュウィン音楽のジェム(宝石/精髄)と呼びたくなる。
とにかくテンポ設定がよく、瀟洒で音楽的、水際だった技巧で奏でられる。これまで様々なピアニストでこの曲を聴いてきたが、これは間違いなく一、二を争う卓抜な演奏だ。これを聴くためだけにでも、本CDを探し出す価値があるだろう。