つくづく思う。なんという「ならず者の時代」に私たちは生きているのだろう。憤り、悲しみ、呆れ果てる出来事があまりにも多すぎる。でもそれに慣れっこになってはならない。いちいち憤り、悲しみ、呆れ果てなければいけないのだ。
心を鎮めるため、届いたCDの封を切ろう。モーリス・ラヴェルが私たちに遺してくれた極上の喜劇。虚構のスペインに仮託された夢かうつつかの一幕だ。
"Maurice Ravel: Orchestral Works Vol. 4"
ラヴェル:
歌曲集《シェエラザード》*
歌劇《スペインの時》
ソプラノ/ステファニー・ドゥーストラック*
コンセプシオン/ステファニー・ドゥーストラック
トルケマダ/ジャン=ポール・フーシェクール
ゴンサルベ/ヤン・ブーロン
ラミロ/アレクサンドル・デュアメル
ドン・イニゴ・ゴメス/ポール・ゲー
ステファーヌ・ドネーヴ指揮
SWRシュトゥットガルト放送交響楽団
2015年3月2~5日、シュトゥットガルト、リーダーハレ、ヘーゲルザール*
2014年12月11、12日、シュトゥットガルト、リーダーハレ、ベートーヴェンザール(実況)
Naxos Deutschland/SWRmusic SWR19016CD (2016)
→アルバム・カヴァー →アルバム・ケースステファーヌ・ドネーヴが指揮した《スペインの時》は生の舞台を観たことがある。2013年夏、松本の音楽祭で小澤征爾が振った《子供と魔法》とのダブルビル興行。大方の耳目は小澤に集中していて、《スペインの時》でのドネーヴに関心を寄せる人は尠かったが、余裕たっぷり勘所をよく心得た指揮ぶりだったと思う。本CDはその一年半後、シュトゥットガルトでの演奏会の実況録音である。
トルケマダ役のフーシェクール、ドン・イニゴ・ゴメス役のゲー以外は松本と別キャストだが、主役のコンセプシオンを歌うステファニー・ドゥーストラックが婀娜で色っぽくて実にいい。彼女は2012年のグラインドボーン歌劇場でも大野和士の指揮で同じ役を歌い演じており(DVD化されている)、きっとコンセプシオンを得意にしているのだろう。ちなみにポール・ゲーはこのグラインドボーン公演でもやはりドン・イニゴ・ゴメスを歌っている。ゴンサルベ役のヤン・ブーロンも、2004年にパリのオペラ座公演(小澤の指揮)で同じ役を務めていた。
こうしてみると、当アルバムでのキャスティングは《スペインの時》をあちこちで歌いこなした名手たちを入念に選りすぐったものと知れる。
結果は申し分なく、とりわけドゥーストラックが歌うコンセプシオンは天下一品といえよう。この役に関する限り、松本で演じたイザベル・レナードよりも一枚上手とみた。コンサート形式での上演とあって、声とオーケストラのバランスも上乗、これほど細部まで配慮の行き届いた《スペインの時》は滅多に聴けないと思う。大団円の五重唱の素晴らしさよ。終演後の盛大な喝采も宜なる哉。
ドネーヴ&シュトゥットガルトが矢継ぎ早に録音している「ラヴェル管弦楽全集」のこれは第四集。オペラまで含めた完全版全集というのが劃期的。この春には第五集として《子供と魔法》も出るというから今から楽しみだ。
追記)
これは小生が架蔵する《スペインの時》としては十四番目の録音である。最初の録音がラヴェルの生前の1928/29年だから、爾来九十年ほどが経過してこの数はやはり尠いというべきか。詳しくは下記を参照のこと。
→「スペインの時」ディスコグラフィ