のっけから長い引用になる。岡俊雄さんの連載「スクリーン・ジャーナル」から。手許にあるのはクリッピングだが、片隅の鉛筆書きによれば、掲載誌は『レコード芸術』1970年12月号であるらしい。明らかな誤記は訂正した。
《雨のニューオリンズ》という佳作を作ったシドニー・ポラックの《馬を射殺するでしょう?》という映画は、昨年のアメリカ映画では《イージー・ライダー》《アリスのレストラン》などと話題になっていたが、ようやく入荷して、《ひとりぼっちの青春》という題で公開が決まった。ホーレス・マッコイの小説の映画化で、一九三二年、不況時代のハリウッドを背景にした物語である。 失業者が町に満ち、食うに困った連中がサンタ・モニカのダンス・ホールに集まってきた。二時間に十分の休憩をはさんで、何十日も踊り続けるマラソン・ダンスに出場しようというのである。優勝すれば千五百ドル。頑張って踊り続けていれば、少なくともその間は食うには困らない。あわよくば、マラソン・ダンスを見にきた映画のスカウトの目にとまって、仕事にありつけるかもしれない。
そういうマラソン・ダンスに集まった男女の中から、臨時にパートナーを組んだ青年(マイケル・サラザン)と女(ジェーン・フォンダ)を中心に、失業エキストラの女(スザンナ・ヨーク)や水兵(レッド・バトンズ)、身重だが生活力の逞しい人妻(ロニー・ベデリア)などがいる。ダンスは、プロモーター兼司会者のロッキー(ギグ・ヤング)のリードで進行してゆく。映画は、終始そのマラソン・ダンスの経過を描いてゆくだけである。だれが考えついたのか知らないが、こんなばかばかしいゲームが成立した不況時代のアメリカの社会的断面を鋭くえぐった、何ともいえぬやりきれない雰囲気がよく出ている。
ここに描かれたのは、不況時代のどうしようもない若い男女の挫折感である。落伍するもの、気が変になってしまうもの(ヨーク)、絶望して自殺しようとするが、自分では拳銃の引金が引けない女(フォンダ)、その様子を見かねて引金を引く男(サラザン)・・・・・・と、主要人物はみんな人生の敗者として描かれる。原題の馬云々というのは、西部劇や競馬などでよく見られる、手当てのしようのない故障馬や病馬を苦しませないために射殺することをいっているわけで、サラザンのフォンダを殺すラスト・シーンの象徴的ないいまわしであることはいうまでもない。ジョニー・グリーンの音楽は、さすがにヴェテランだけに、フォックス・トロット全盛時代のダンス・ミュージックの調子をたいへんうまく再現している。
懇切で手際のよい記事なので思わず全文を引いてしまった。絶賛とまではいかないまでも、好意的な紹介であることは明らかだ。
にもかかわらず、《ひとりぼっちの青春》は日本ではまともな形で封切られなかった。いわゆるロードショー公開はされず、1970年末、師走の慌ただしさに紛れて、旧作《クレオパトラ》(エリザベス・テーラー主演)との二本立(!)という、どうにも理不尽な形で、ひっそり公開されたのである。
首都圏の上映館は渋谷スカラ座、新宿メトロ、上野パーク、八幡スカラ座、吉祥寺スバル座、川崎映劇、横浜相鉄映画の七館。「T・Yチェーン」紅系(東宝洋画系列)に属する、いわゆる二番館での地味な上映だった。
当時の新聞広告には「全女性に贈る――炎の恋と愛の週間」なる、ほとんど意味不明の、苦し紛れの惹句が添えられ、興行側が宣伝に苦慮したことがうかがわれる。こんな暗い映画、売れるかよ、というわけだ。
《ひとりぼっちの青春》は、やがて半年ほど経つと都内の名画座にかかった。小生はイザドラ・ダンカンの伝記映画《裸足のイサドラ》目当てに高田馬場パール座まで赴いて、その片割れとして上映された未知の作品に心底打ちのめされた。
爾来《ひとりぼっちの青春》は(その一年前にTVで観た)ケン・ラッセル監督の《夏の歌》とともに、わが生涯のベスト・フィルムのなかの一本であり続けている。これについては、拙ブログで何度もしつこく話題にしたので、もう委細は繰り返さない。
そんなわけで、ロードショー抜きで継子扱いされた《ひとりぼっちの青春》には、プログラム冊子すら制作されなかった。ひょっとして、予告チラシも作られなかったのではないか、とつねづね思っていたのだが、つい先日それが存在することが判明した。
そうなるともう、手に取らずにはいられない。さっそく取り寄せてみた。
「内外批評界・激賛!」の見出しに続き、チラシの定石にのっとって、諸家の賛辞が並べられる。曰く、
★《ひとりぼっちの青春》は、新境地を切り開いた作品だ。この映画は、《イージー・ライダー》や《真夜中のカウボーイ》が終ったところから始まる。(バーノン・スコット/UPI)
★衝撃の作品! ジェーン・フォンダが、今年アメリカ映画女優がスクリーンで演じた数々の役の中でもっとも白熱した演技を見せる。(ポーリン・キール/ニューヨーカー誌)
★問題なく今年最高傑作の一つ!(ホリス・アルパート/サタデイ・レビュー誌)
そのあと数名の日本人たちの寸評が並ぶが、最後の賛辞はとりわけ注目に値しよう。
★《ひとりぼっちの青春》は、見る者の心をしめつけてくる傑作である。1930年代の孤独な若者の絶望は現代の若者の心にも通じるものがあるにちがいない。(作家・中原弓彦)
渋谷スカラ座の名が印刷された正規のチラシだが、表裏ともにモノクロ印刷というのがいかにも悲しい。
欄外に「同時上映 クレオパトラ」とあり、その脇には「12月8日(火)⇒14日(月)特別公開」と明記される。直後に冬休み興行を控えた、わずか一週間だけの公開だったのである。