タイムマシンに乗って、20世紀芸術の決定的な瞬間と場所を訪ねるとしたら、いつ/どこへ飛んでいきたいか。選択肢は無数にあって、大いに迷うところだ。
■ 1902年4月30日、パリのオペラ=コミック座でドビュッシーの歌劇《ペレアスとメリザンド》世界初演。メリザンドに扮したのは英国のメアリー・ガーデン。
■ 1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場。云わずと知れたバレエ《春の祭典》世界初演の大混乱の当日である。指揮はピエール・モントゥー。
■ 1915年12月19日、ペトログラードのナジェジダ・ドブィチナ画廊で始まった「0, 10」展。ここでマレーヴィチによる史上初の抽象絵画が展示された。
■ 1917年5月18日、パリのシャトレ座。三年ぶりのバレエ・リュス公演でバレエ《パラード》世界初演。台本=コクトー、作曲=サティ、美術=ピカソ。野次と絶叫と喝采が渦巻いた。
■ 1918年7月6日、東京の帝国劇場でのマチネー公演。来日したプロコフィエフが自作を中心にピアノ独奏会を催した。これが彼にとって国外での初リサイタル。
■ 1920年10月14日、東京・京橋の星製薬の三階特設会場。「日本に於ける最初のロシア画展覧会」始まる。ダヴィッド・ブルリュークが招来したアヴァンギャルド作品を五百点ほで展観。
■ 1925年3月21日、モンテカルロ歌劇場。ラヴェルのオペラ《子供と魔法》世界初演。指揮は若きヴィクトル・デ・サーバタ。
■ 1927年4月7日、パリのオペラ座。アベル・ガンス監督の映画《ナポレオン》初上映。アルテュール・オネゲル作曲の付随音楽の生演奏付き。
■ 1928年8月31日、ベルリンのシッフバウアーダム劇場。ブレヒト&ワイルの《三文オペラ》世界初演。大成功を博し、世界各地で上演が相次ぐ。
■ 1931年6月3日、ニューヨークのニュー・アムステルダム劇場でミュージカル《バンド・ワゴン》初日。アデル&フレッド・アステア姉弟が共演した最後の舞台。
■ 1935年10月10日、ニューヨークのアルヴィン劇場でガーシュウィンのオペラ《ポーギーとベス》世界初演。黒人キャストによる劃期的な上演だった。
■ 1937年7月12日、パリ万国博のスペイン館が開館し、同館エントランス・ホールでピカソ畢生の大作《ゲルニカ》初公開。時代を追って思いつくまま挙げただけで、もうこれだけある。最初の三十数年でこの汗牛充棟ぶり。一世紀の間には決定的な場面がそれこそ数知れずあっただろう。とても一度や二度の時間旅行では廻りきれない。
そんな大昔の話はもういい、という向きもあろう。ならばこれで如何?
■ 1981年2月21日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で《パラード》《ティレジアスの乳房》《子供と魔法》のトリプル・ビル(三本立て)初演。指揮=マニュエル・ロザンタール。美術=デイヴィッド・ホックニー。当時、このような上演があったと噂に聞き、夢のような企てだと思った。ああ、羽があったら飛んでいきたいと空しく希ったものだ。当時七十六歳のロザンタール翁はこれがMETデビューだったという。
衣裳と装置を英国の現代画家デイヴィッド・ホックニーが手がけたというのも、この上演への羨望の思いをいや増しにした。どのようなポップでカラフルな舞台が出現したのだろう。考えただけでもう矢も楯もたまらなくなる。タイムマシンの切符がもし十枚綴りの回数券だったなら、うち一枚を使ってこの魅惑の宵を思うさま堪能したいものだ。
その夢が叶わない以上は、せめてこのCDを聴きながら、想像力をフル稼働させて遥かなる舞台を忍ぼう。
"James Levine Celebrating 40 Years at the Met"
■ サティ:《パラード》
■ プーランク:《ティレジアスの乳房》
■ ラヴェル:《子供と魔法》
テレーズ/アインホア・アルテータ
その夫/大時計/アール・パトリアーコ
子供/ダニエル・ド・ニーズ
母/ウェンディ・ホワイト
ほか多数
ジェイムズ・レヴァイン指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団2002年3月16日、メトロポリタン歌劇場(実況)
The Metropolitan Opera [No Number] (2010)
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