このCDは昨日(10月21日)始まった展覧会「北斎とジャポニスム」(上野、国立西洋美術館)にあわせて発売された日本独自のコンピレーション・アルバム。いわば便乗企画なのであるが、それだけに留まらないのは、ひとえに収録作品が凝りに凝っているためだ。レコード会社が選曲とライナーノーツ執筆を青柳いづみこさんに委ねたのは大正解というべきだ。
ドビュッシーがこの展覧会「北斎とジャポニスム」に最もふさわしい作曲家であるのは論を俟たない。ドビュッシーのパリの邸宅には、北斎と歌麿の浮世絵版画、緋鯉をあしらった日本製の金蒔絵、やはり日本製で「アルケル」の愛称で呼ばれた木彫りの蛙の置物などが置かれていて、作曲家が日本趣味に深く帰依していたことが明らかだからだ。
なによりも、管弦楽曲《海》の楽譜がデュラン社から刊行されたとき、作曲者の指示により北斎の浮世絵《神奈川沖浪裏》の一部分が引用され、表紙の図柄となった一事からも、ドビュッシーのジャポニストぶりがうかがわれよう。本アルバムのジャケットを飾るのは、まさにその楽譜の「波」である。
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ところで、ドビュッシーの音楽そのものがどこまでジャポニスムの範疇に属するのか、日本とどの程度の関わりをもつかは、判断が容易でない。彼には日本古来の伝統音楽を耳にする機会はなかったと考えられるのだ。
たしかに《金色の魚》は彼が所蔵した金蒔絵の鯉が直接の霊感源とされるが、聴こえてくる音楽がどこまで「日本的」かは何ともいえないと思う。
一方でドビュッシーは1889年のパリ万博でジャワのガムラン演奏に触れるなど、東アジアの音楽に並々ならぬ関心を抱いていたわけで、本アルバムでも狭義のジャポニスムに捉われることなく、より広く「ドビュッシーと東洋」という観点から、彼が遠く夢見た「幻想のアジア」の諸相を、さまざまなピアノ曲を通して示そうとしたのが本アルバムだろう。
青柳さんの選曲は万全である。誰もが思いつく《金色の魚》や《パゴダ》に加え、《練習曲》のなかの一曲のように、東洋との関連が見過ごされがちなピアノ曲まで拾い上げ、聴き進めるにつれドビュッシーの幻視した「東洋」が仄かに浮かび上がるよう、周到な配慮がなされている。
ワーナーミュージックには旧EMI、旧エラートの歴代の音源がひしめく強みがあり、古くはギーゼキング、サンソン・フランソワなど、ドビュッシー演奏の選択肢は豊富にあったはずだが、青柳さんはチッコリーニ、ベロフから各一曲を選んだだけで、ほかの三曲はご自身の録音(非ワーナー音源)をここに組み込んだ。いずれもきめ細やかな秀演ばかりで、彼女の選択は正しかったと思う。「選者の特権でそうした。いろいろ聴き較べたけど、自分の演奏のほうがいいと思った」とは彼女の言である。
ラヴェルとジャポニスムの関係となると、問題はさらにややこしくなる。彼にも異国趣味はあったが、そこには巧緻な加工とカムフラージュが加えられ、一筋縄ではいかないのだ。
歌曲集《シェエラザード》や《マダガスカル島民の歌》、日本との関連でいうなら《子供と魔法》の「五時のフォックストロット」などが想起されようが、本アルバムではむしろピアノ曲に特化して、水や海、昆虫や鳥といった主題がほの見える楽曲を繰り出すことで、ラヴェル固有の「微かなジャポニスム」を示唆しようとしたかにみえる。それはともかく、同じアルバムでドビュッシーの《夜想曲》《海》や《水の反映》とラヴェルの《水の戯れ》や《洋上の小舟》が聴き較べられる趣向を小生は大いに愉しんだ。
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本アルバムの白眉はそのあとにアンコール風に加えられた二曲にある。お楽しみはこれからだ、といわんばかり。
ストラヴィンスキーの《夜鶯(ナイチンゲール/ロシニョール)》(1914初演)は、古代の中国を舞台とするアンデルセン童話に取材したオペラであり、初演時の衣裳と装置(美術=アレクサンドル・ベヌア)を見ると、シノワズリーとジャポニスムに全面的に塗り込められた舞台だったことがわかる(皇帝に遣わされた日本の使者のいでたちは歌舞伎の装束そのものだ)。
ドビュッシーの強い影響下にあったストラヴィンスキーが、このオペラでいかなる「東洋」を描き出したか、その実例をここに聴くことができる。
もうひとつ、アンドレ・メサジェの歌劇《お菊さん》(1893初演)からのアリアは、実に珍しい聴きものといえるだろう。ピエール・ロティの同名の小説に基づくこのオペラは、長崎を舞台として西洋人男性と日本女性の交情を描いたという点で、《蝶々夫人》を先取りした筋立てによる、紛れもない「ジャポニスム」歌劇である。
ただし、時代的な制約もあって、プッチーニのように日本の旋律を織り込むような工夫はなされておらず、耳から聴いただけでは格別に日本的な雰囲気は醸成されない。
そのかわり、ここには甘美にして極上のメロディが惜しげもなく散りばめられ、当時メサジェがフランスで絶大な人気を誇った理由がどこにあったか、よくわかる気がする。
「蝉たちの歌」と副題されたアリア「お聴きなさい、蝉たちの声を」はまさにその好例であり、この稀少なアリアがマディ・メスプレの名唱で聴けるという一点からも、本CDはフランス音楽好きには必携のアルバムというべきだろう。