この7月14日から16日までの三日間、ロンドンのキングストン大学(Kingston University)で映画監督ケン・ラッセルをめぐる国際学会 "Ken Russell: Perspectives, Reception and Legacy" が催されたという。直訳するならば「ケン・ラッセル――展望、受容、そして遺産」となろうか。
参集者の大半は英国内の研究者と学生だったようだが、演壇に立ったプレゼンターはドイツ、アメリカなど世界各地から参集したらしい。発表者の氏名と読まれた論文タイトルを書き写しておこう。
Dr Kate Laity, "The Hermeneutics of Noise: The Sound of Salvation in Russell's Tommy"John Warburton, "Ken Russell's Elgar: A 21st Century Soundtrack"NJ Stevenson, "Retrovision: The Boyfriend as a case study"Prof Linda Ruth Williams, "A Distasteful Tonality: Ken Russell vs. the Studios and the Censors" Claire-Louise Jackson, "A Critical Examination of Nudity in the films of Ken Russell" Kevin Fullerton, "Sex Against the State: Sexuality as an Iconoclastic Act in the Films and Novels of Ken Russell"Carol Langhorst, "Lust for L:ife"Tommy introduced by Lisi RussellDr Brian Hoyle, "Ken Russell, Powell and Pressburger and the British Composed Film"Richard Farmer, "Ken Russell and Television Advertising"Mateja Djeodevic, "The Extraordinary Parallel- Ken Russell and Dennis Potter Side by Side"Sawako Omori, "The Short History of Ken Russell Films in Japan" Paul Sutton, "3D Art in the Films of Ken Russell" Jade Evans, "A Fictional Memory of Rudolph Valentino"Dr Paul Davies, "Ken Russell's Quartet of Painter Biopics"Dr Jonathan Black, "Savage Messiahs? Ken Russell and Henri Gaudier-Brzeska"A screening of Diary of a Nobody and Q&A with Murray MelvinAdam Powell, "The Legacy of Ken Russell in Contemporary Cinema" Dr Matt Melia, "Trauma, Transfiguration and the Ecstatic Legacy of Ken Russell"Roger Crittenden, "The Influence of Ken Russell on his Contemporaries at the BBC" Lisi Russell, "Ken Russell: The Boy Behind the Man"
うわあ、うへえ、わお、これは聴講したかったなあ!(無理だけれど)。
《トミー》の劃期的な音響がまっこうから採り上げられ、BBC時代の伝記映画《エルガー》で用いられた音楽が今日的な視点から考察され、《ボーイフレンド》の回顧的な映像が再検討される。大先輩パウエル&プレスバーガーとケン・ラッセルとの関係や、同世代の放送作家デニス・ポッターとの相似性が指摘され、BBC時代に彼が題材とした画家たちや、《狂えるメサイア》の主人公ゴーディエ=ブゼスカとの関連が論じられる。
登壇者のなかには近年ラッセル監督の浩瀚な評伝を上梓した研究家ポール・サットンがいるし、「ケン・ラッセル:大人の背後に潜む少年」と題して最後を締め括るリジー・ラッセルとは監督の未亡人その人だ。講演の合間に《トミー》全篇や(滅多に観られない)TV映画《Diary of Nobody》が上映され、ラッセル作品の常連俳優マレイ・メルヴィンとの一問一答もあったらしい。ああ観たかったなあ!
私たちにとって何よりも瞠目すべきは、世界中の研究者・関係者にたち混じって、日本から大森さわこさんがはるばる参加され、「日本におけるケン・ラッセル映画小史」と題して、わが国でのケン・ラッセル受容について英語で講演されたことだ。
1970年代に早くも「ケン・ラッセル研究会」を立ち上げ、一貫して作品の称揚と普及に努めてきた大森さんこそは、今野雄二さん亡き今、わが国を代表する筋金入りのラッセルマニアにほかならない。
自ら志願して単身この学会に乗り込んだ彼女の勇気と決断に心からの称賛を捧げたい。天晴れな快挙と云わずして、これをどう評すべきか。
発表の持ち時間は各自二十分間と定められ、彼女の発表は二日目の午前中。日本でのケン・ラッセル受容を70年代から現代まで三部構成で紹介する内容という。映像素材としては、日本のチラシや広告、87年の回顧上映パンフの表紙、監督に取材した時の写真やサインなどを用いたそうな。70年代から熱烈な擁護者だった今野雄二についても「70年代のケン・ラッセル評論家として、最も重要な書き手だった」と紹介し、《恋の罪》を例に園子温監督がラッセルから受けた感化についても触れた意欲的な内容だったらしい。
大森さんの発表は大成功だったという。彼女のフェイスブック報告記事から引く。
結果はたいへん好評を博したようで、日本人の視点でケンが語られ新鮮だった、といわれました。ケンの未亡人の女優リジー・トリブルは「素晴らしかったわ」といって、抱きしめてくれました。また、オーガナイザーの方には「簡潔にまとめられていて、いいペーパー(論文)だった」といっていただけました。 学会そのものも本当に楽しく、なごやかで、おしゃべりと音楽とお酒が好きな方々の集まり。みなさんと素晴らしい時間をすごせました(学会が終わると、パブに直行です)。
わざわざ日本から行ったので、かなり上げ底評価だった気もしていますが、少なくとも、日本にも、がんばっているジャーナリストがいる、という印象だけは残せた気がしています。私がダメだと、日本の評判も落ちるはずなので、日の丸を背負っての挑戦でしたが、結果的には素晴らしい三日間となりました。
大森さんによれば、この学会の主宰者は今回の催しの成功を追い風に、BFI(British Film Institute=英国映画研究所)に対してケン・ラッセルの全作品の回顧上映を要請するのだという。それがもし実現したならば、小生もまたラッセルマニアの端くれであるからには、今度こそ訪英せずにはいられまい。