前エントリーで紹介した「レヴェレーション」がソ連崩壊後の混乱に乗じて放送音源を(かなり杜撰なやり方で)CD化したのに対し、ここで採り上げる「オリンピア Olympia」レーベルは、ソ連最末期のゴルバチョフ時代の開放経済期に、ソ連図書貿易公団(Международная книга)と正式に契約し、メロジヤ(Мелодия)音源の英国での発売権を手にした。1987年頃のことだ。当時のソ連には自前でCDを造る工場がなく(小生が88年5月の訪ソ時、レニングラードのレコード店にはLP盤しか置いてなかった)、英国のオリンピアにCD製造を委託する見返りに、音源販売権を譲渡したのだと伝えられる。「オリンピア」盤(
→その一例)と同一デザインの「メロジヤ」盤(
→その一例)もよく見かけたが、あれはソ連向け仕様だったのだろう(それにしてはライナーノーツが英語のみなのが解せないが)。
ともあれ、「オリンピア」レーベルからは80年代末から90年代にかけて、新旧とり混ぜてソ連の正規録音がどっと怒濤のように出た。当時、米国と日本ではBMGからメロジヤ原盤の正規CDが出ていたので、それらと重複する音源も少なくなかったが、「オリンピア」からは60年代の知られざる音源や、ポポーフ、ロスラヴェツ、カバレフスキー、シェバリーン、ワインベルグ、チシチェンコ、カンチェリらの、他では聴けないレアな作品が次から次へと送り出された。
「オリンピア」はほかにポーランドやルーマニアの音源もCD化しており、数は少ないが自前の独自録音(フランス近代ものなど)も行うなど、旺盛に活動していたのだが、21世紀に入るとほどなく消息が途絶えた。
"Prokofiev - Shostakovich - Eshpai : 1917-1987 70 Years"
プロコフィエフ:
十月革命三十周年のための祝典詩曲*
ショスタコーヴィチ:
交響詩《十月》**
映画音楽《若き親衛隊》***
エシュパイ:
カンタータ《レーニンは我らの仲間》****
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
ソ連文化省交響楽団*
ヴェロニカ・ドゥダロワ指揮
モスクワ交響楽団**
グリゴリー・ガンブルグ指揮
ソ連国立映画交響楽団***
イズライリ・グスマン指揮
モスクワ放送交響楽団・合唱団*****1985年*、1982年**、1956年***、1969年****、モスクワ
Olympia OCD 201 (1987)
→アルバム・カヴァー新興「オリンピア」レーベルが打ち上げたロシア革命七十周年を壽ぐ花火は、1987年の時点ですでに徒花だった。すでにプロパガンダとしての機能も効果も失い、キッチュとして好奇の目に晒されるほか生き延びる術のない作品群。だからこそ貴重なアンソロジーといえるかもしれない。珍しい過去の音源もそれなりに貴重だが、唯一の新録音であるロジェストヴェンスキーのプロコフィエフは価値が高い。
"Moishei Vainberg: Volume 3 -- 'The Golden Key' Ballet"
ワインベルグ:
バレエ《黄金の鍵》組曲第一番、第二番、第三番、第四番(抜粋)
マルク・エルムレル指揮
ボリショイ劇場管弦楽団1966年5月、モスクワ国営放送、第五スタジオ
Olympia OCD 473 (1994)
→アルバム・カヴァー晩年近くまで不遇だったモイセイ・ワインベルグ(ミエチスワフ・ヴァインベルク)。わが国でワインベルグの楽曲は往年の映画《戦争と貞操》(1957)位でしか聴けなかった。58年に初来日したロストロポーヴィチはそのチェロ協奏曲を日本初演した(東京交響楽団の演奏会)が、ほとんど話題に上らなかった。ソ連版「ピノッキオ」である『ブラチーノの冒険、または黄金の鍵』(アレクセイ・トルストイ作)に取材したバレエ《黄金の鍵》は、ボリショイ劇場のレパートリーとして定着し、ワインベルグ作品では映画音楽を除き最もソ連で知られた音楽といえよう。こうした珍品が秀逸な演奏で聴けるところに「オリンピア」の存在意義があった。
"A. Honegger"
オネゲル:
交響曲 第二番*
組曲《ファエドラ》**
映画音楽《ナポレオン》より***
■ 子供たちの踊り
■ ナポレオン
■ 皇后のシャコンヌ
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮
ソ連文化省交響楽団
ソ連文化省室内合唱団(ワレリー・ポリャンスキー指揮)**
トランペット/ヴラジーミル・プシュカレフ*
ヴァイオリン/アレクサンドル・スプテル、ヴィオラ/オリガ・ムノジマ**1986年、モスクワ
Olympia OCD 212 (1988)
→アルバム・カヴァーロジェストヴェンスキーのオネゲルとは珍しい。新録音だが、ソ連ではLPで発売され、国外ではこの形でしか出なかった。肝心の第二交響曲は慎重に構え過ぎたのか、没個性の演奏に終始しているが、次の《ファエドラ(フェードル)》はうって変わって表情豊かな秀演だ。イダ・ルビンシュテインがダンヌンツィオの台本を得て1926年に上演したが、その後は埋もれていた舞台作品。これが世界初録音(にして今も唯一の録音)だった。最後の《ナポレオン》は高名なアベル・ガンスの超大作のための映画音楽。これのみフランス映画音楽を集めた別LP(
→これ)からのピックアップ。秘曲の発掘に熱心なロジェストヴェンスキーの面目躍如たる一枚。
"Nikolai Tcherepnin: Le Pavillon d'Armide, Tàti-Tàti, etc."
ニコライ・チェレプニン:
歌劇《シヴァート》序曲
バレエ組曲《アルミードの館》
劇音楽《遠国の姫君》前奏曲
子供らしい主題によるパラフレーズ《タチ=タチ》
イーゴリ・ブラシュコフ指揮
ラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団2000年8月、ルートヴィヒスハーフェン、ラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー楽堂
Olympia OCD 693 (2001)
→アルバム・カヴァー昔も今もニコライ・チェレプニンのアルバムは数えるほどしかない。最も名高いバレエ《アルミードの館》(ディアギレフのバレエ・リュスの初公演の最初の演目)すら三種類しか録音が存在しない。それだけでも貴重なのだが、本CDは知られざる実力派ブラシュコフ(Игорь Иванович Блажков)が指揮しているのが肝要だ。60年代にムラヴィンスキーの補佐役としてレニングラード・フィルで内外の現代音楽を指揮し、その先鋭的な志向を咎められ左遷された不遇な人物。その彼がドイツの地方楽団を振った珍しい録音だが、演奏水準は思いのほか高い。このアルバムは「オリンピア」の独自企画であり、ブラシュコフの起用はものの見事に奏功した。
"Ravel: Music for two pianos and piano duet"
ラヴェル:
序奏とアレグロ (二台ピアノ版)
スペイン狂詩曲 (二台ピアノ版)
鐘のあわいに (二台ピアノ版)
マ・メール・ロワ (連弾版)
ファンファーレ (連弾版) ~《ジャンヌの扇》
《シェエラザード》序曲 (連弾版)
口絵 (二台ピアノ五手版)*
ラ・ヴァルス (二台ピアノ版)
ピアノ/イングリッド・トーソン&ジュリアン・サーバー
第五ピアノ/デイヴィッド・ガーディナー*1987年6月、ヴァルデ(デンマーク)、ギュムナシウム
Olympia OCD 360 (1989)
→アルバム・カヴァーロシアと東欧の専門レーベルという印象が強い「オリンピア」だが、数こそ尠いがフランス近代音楽に見逃せない録音がある。ラヴェルの二台ピアノおよび連弾のための楽曲を集めた本盤はその代表格。まるきり知らない演奏家たちだが、水準はかなりのものだし、当時この手のアルバムはほかに存在せず、重宝して繰り返し愛聴したものだ。「オリンピア」にはこのほかルーセルの室内楽を漏れなく集大成した秀逸な3CDsもあった(分売されていた)。かつて神田神保町にあった「新世界レコード社」の売店でこれらのCDを見つけたときの驚きを今も懐かしく思い出す。