今日は英国の大歌手
ペトゥラ・クラーク Petula Clark 八十四回目の誕生日。小生よりもきっかり二十歳年長だから当然そうなるのだが、そのお歳で今なお現役シンガーとしてBBCの番組に出演し、各地で盛んにライヴを催している。つい最近も英京ドルーリー・レイン王立劇場でコンサートをやったはずだ。
九歳でキャリアを開始したペトゥラの芸歴はすでに七十五年に及ぶ。トム・ジョーンズもエルトン・ジョンもポール・マッカートニーもミック・ジャガーも、彼女から見ればほんの若輩者の小僧っ子にすぎない。
1964 恋のダウンタウン Down Town →シングル盤カヴァー1965
マイ・ラヴ My Love →シングル盤カヴァー1966
あなたの愛なくて何の人生 I Couldn't Live Without Your Love →シングル盤カヴァー1967
愛のセレナーデ This Is My Song →シングル盤カヴァー1967
天使のささやき Don't Sleep in the Subway →シングル盤カヴァー極東の島国のラヂオでも彼女のヒット曲が頻繁に流れた。われらの世代で《恋のダウンタウン》(
→これ)や《マイ・ラヴ》(
→これ)をカタカナ英語で口ずさまなかった者はよほど朴念仁だろう。これは世界的現象であり、同じ歌をフランス人なら "Dans le temps"(
→これ)、ドイツ人なら "Geh in die Stadt" (
→これ)、イタリア人なら "Ciao Ciao"(
→これ)として彼女の声に聴き惚れた。1960年代とはそういう時代だったのだ。
もうひとつだけ付言するなら、稀代の大傑作《天使のささやき》(
→これ)の原題 "Don't Sleep in the Subway" を「地下鉄で眠るな」の意味だと取り違えたのは、田舎の間抜けな中学生だった小生だけではないと思う。
ほどなく彼女は映画界にも進出した(もっとも彼女は前から子役で出ていたが)。ピーター・オトゥールの相手役を務めた《チップス先生さようなら》(1969)、フレッド・アステアと共演した《フィニアンの虹》(1969)などのミュージカル映画で、歌い踊る彼女の姿をスクリーンで目にした愛好者も少なくなかろう。
彼女ほどの逸材をウェストエンドが放っておくはずもなく、1981年にはミュージカル《サウンド・オヴ・ミュージック》再演で主役マリアに扮した(キャスト盤LPが手元にある)ほか、90年代の後半にはロイド・ウェバーの《サンセット大通り》にノーマ・デズモンド役で登場している(これまたCDになっている)。ペトゥラ・クラークはずっと第一線で歌い続けてきた人なのだ。
お誕生日を壽ぐべく、あらかじめ手に入れておいた彼女のCDの封を切る。それも今秋に出たばかりの新譜である。
"Petula Clark -- From Now On"
01. Sacrifice My Heart
02. Blackbird
03. Endgame
04. Fever
05. From Now On
06. While You See a Chance
07. A Miracle to Me
08. Sincerely
09. Pour être aimée de toi
10. Never Let Go
11. Happiness (Le Bonheur)
歌唱/ペトゥラ・クラークプロデューサー/ジョン・オーウェン・ウィリアムズ
録音/2016年、ロンドン、ザ・ハット・ステューディオ
BMG WMW 538196912 (2016)
→アルバム・カヴァー白髪に白づくめの服装でひとりピアノの前に坐った、いかにも寂しげな老女めいたカヴァー写真に欺かれてはならない。このアルバムに老いの翳りは微塵も見られない。それどころか、若々しい覇気と意欲が漲ったディスクなのである。声だって発音の明晰さ、表情の豊かさ、音程の確かさは今なお健在だ。得意技のフランス語の歌唱を何曲か聴かせる趣向も昔のまま。つくづく凄い人だなあ。
全十一曲のうち、レノン=マッカートニーの《ブラックバード》、ペギー・リーのカヴァー《フィーヴァー》など数曲を除く七曲までがオリジナルの新作、しかもすべてに彼女が作詞か作曲で関与している。よくありがちな昔の大ヒットを新アレンジで再録するような愚は犯さない。どれも聴けば聴くほど良さが滲み出る佳曲ぞろいなのだが、とりわけ表題曲(05)からあとの流れが素晴らしい。
トランジスタラヂオから流れてくる《恋のダウンタウン》や《マイ・ラヴ》に心ときめかせていたとき、五十年後の自分がなおペトゥラの歌を愛し続け、そればかりか彼女の新作に耳を傾けることになろうとは、まるきり想像もできなかった。この人と同じ半世紀を生きることができて幸せである。