拙宅のLP総棚浚いの続きをもうひとくさり。
ヴラジーミル(ヴラディミール)・ゴルシュマン Vladimir Golschmann(1893~1972)という指揮者がいた。今ではすっかり忘れ去られているが、両大戦間(とりわけ1920年代)にパリで赫々たる名声を誇り、数多くの新作初演を手がけた功績者である。
このゴルシュマンに関しては、前に書きかけた記事があるので、そこから主要部分を再録しておこう。
ゴルシュマンも生前の活躍に比して不当に等閑視されている指揮者である。かつて米国のキャピトル、RCA、コロンビアに少なからぬ録音があった筈だが、モノーラル収録だったせいか悉くが廃盤の憂き目を見た。
今では最晩年にグレン・グールドと共演したバッハとベートーヴェン(第一番)の協奏曲録音で僅かにその名を知られている程度だろう。トロントのスタジオで収録したバッハの共演映像もある(→これ)。白髪の温厚そうな指揮者が独奏にぴたり寄り添いながら律儀にイン・テンポを刻んでいた。
ゴルシュマンはその名の示すとおりロシア系だが、生まれも育ちも音楽を修得したのもパリ。むしろ生粋のパリジャンというほうが当たっている。
二十代の若さでバレエ・リュス(《春の祭典》再演、1920)やバレエ・シュエドワ(《世界の創造》初演、1923)でタクトを振り、サティやフランス六人組と親交を深めるとともに、自らの演奏会シリーズ「コンセール・ゴルシュマン」を主宰して同時代音楽の推進者としながらクセヴィーツキーと覇を競い、多くの新作を世界初演している──ミヨー《屋根の上の牡牛》(1920)、サティ《組み上げられた三つの小品》(1920)、オネゲル《夏の牧歌》(1921)、ファリャ《ペドロ親方の人形芝居》(1923)、アンタイル《バレエ・メカニック》(1926)、イベール《嬉遊曲》(1930)etc., etc.... ヴァレーズの問題作《オクタンドル》パリ初演(1927)もゴルシュマンが指揮した。
どうです、ちょっと凄いでしょう? 20世紀音楽史上の名作が目白押しだ。このほか、彼はポーランド出身の作曲家アレクサンデル・タンスマンとは長きにわたって親交が深く、世界初演を指揮した作品がずらり並ぶ。
ポーランドからやってきたタンスマンにゴルシュマン宛ての紹介状を手渡し、両者を引き合わせたのはラヴェルなのだそうだ。ふたりはたちまち意気投合し、ゴルシュマンは1921年2月3日の演奏会(ガヴォー会堂)で《印象 Impression》を、同年12月21日の演奏会(農業会館)で《交響的間奏曲 Intermezzo sinfonico》をそれぞれ取り上げている。
それから半世紀ほどの間にゴルシュマンが世界初演したタンスマン作品は枚挙に暇がない。《魔女の踊り》(1924)、二つの《交響的時間》(1930)、アダージョ(1936)、フレスコバルディの主題による変奏曲(1937)、バッハ「トッカータとフーガ」二短調の管弦楽版(1937)、同じ作曲家の「二つのコラール」の管弦楽版(1939)、ポーランド狂詩曲(1940)、セレナード第三番(1943)、室内管弦楽のための嬉遊曲(1944)、交響曲第七番(1944)、スペイン趣味による組曲(1949)、リチェルカーリ(1949)、ディプティック(1969)etc....
このように近代音楽史を顧みると指揮者ヴラディミール・ゴルシュマンが果たした役割は決して小さくない。忘却してはならない存在なのだ。架蔵するゴルシュマンのLPのうち主なものを書き抜いてみよう。
"Modern French Music"
オネゲル:《夏の牧歌》*
ミヨー:《屋根の上の牡牛》**
サティ: 三つのジムノペディ (ドビュッシー、リチャード・ジョーンズ編)***
ラヴェル:《クープランの墓》****
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
コンサート・アーツ管弦楽団1953年9月21* **、22****、23日***、ニューヨーク
Capitol
P8244 (1954) →アルバム・カヴァー"Prokofiev: Chout - Falla: The Three-Cornered Hat"
プロコフィエフ: バレエ組曲《道化師》
デ・ファリャ: バレエ組曲《三角帽子》
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
セントルイス管弦楽団1953年12月14*、15日**、セントルイス、キール楽堂
Capitol P8257 (1954)
→アルバム・カヴァー"Debussy - Ravel - Golschmann"
ドビュッシー:《海》
ラヴェル:《ラ・ヴァルス》《高雅で感傷的な円舞曲》
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
セントルイス管弦楽団
1956年3月27日、セントルイス
Columbia ML 5155 (1956)
→アルバム・カヴァー
"Shostakovich - Kabalevsky - Golschmann"
ショスタコーヴィチ: 交響曲 第一番
カバレフスキー:《コラ・ブルニョン》組曲
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
セントルイス管弦楽団
1956年3月28日、セントルイス
Columbia ML 5152 (1956)
→アルバム・カヴァー"Red Shoes"
イーズデイル: バレエ《赤い靴》
ウェーバー(ベルリオーズ編): 《舞踏への勧誘》
ドリーブ: 《シルヴィア》組曲、《コッペリア》組曲
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
セントルイス管弦楽団
1957年11月25、26日、セントルイス
Columbia ML 5254 (1958)
→アルバム・カヴァーColumbia MS 6028 (1958)
→アルバム・カヴァーどれも一聴に値する演奏なのだが、小生の知る限り、CD時代にはプロコフィエフの《道化師》(
→これ)を除いては一度たりとも覆刻される機会がなかった。レコード会社が往時の巨匠にひどく冷淡だったことがわかる。
とりわけ貴重なのは「近代フランス音楽」と題された一枚であろう。四人の作曲家の取り合わせが絶妙だし、そのうちオネゲルの《夏の牧歌》とミヨーの《屋根の上の牡牛》の二曲は、1920年代のパリでゴルシュマン自身が世界初演した曲目なのだ。聴いてみたくならないほうがどうかしている。
ネット経由の音源配信を好まぬ小生にとって、ゴルシュマンのオリジナルLPはやはり手許に留めておくべき存在だ。「あの時代」と自分とを繋ぎ留める絆として。さもなくば、次の「板起こし」覆刻CD-Rもそれなりに有用だろう。
"Debussy Satie Ravel Honegger Milhaud - Vladimir Golschmann"ドビュッシー:《海》*
サティ: 三つのジムノペディ (ドビュッシー、リチャード・ジョーンズ編)**
ラヴェル:《クープランの墓》***
オネゲル:《夏の牧歌》****
ミヨー:《屋根の上の牡牛》*****
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
セントルイス交響楽団*
コンサート・アーツ管弦楽団** *** **** *****1956年3月27日、セントルイス*
1953年9月21**** *****、22***、23日**、ニューヨーク
Forgotten Records fr 1034 (2014)
→アルバム・カヴァー忘れずに付記しておくと、ゴルシュマンはサティのジムノペディ三曲をすべて録音しているのに注目されたい。
周知のとおり、サティと親しかったドビュッシーは、ジムノペディの二曲を管弦楽化しており(第一番を「第二」、第三番を「第一」として!)、何故か第二番には手を触れなかった。本盤ではわざわざリチャード・ジョーンズ(Richard Jones/当時キャピトル社のクラシカル部門の製作に携わった人という)なる人物に「第二番」の新たなオーケストレーションを依頼し、三つのジムノペディすべてが管弦楽曲として聴ける。寡聞にして小生はこのリチャード・ジョーンズ編曲版をこれ以外のディスクで耳にした憶えがない。