この九月は忙しい。故あって架蔵するLPレコードの大棚浚えを始めている。思いきって大半を処分してしまう。なにしろ数千枚もあるので、要・不要を劃然と仕分けするのは厄介千万な大仕事なのだ。
永年にわたって鵜の目鷹の目で集めたものだから、手放してしまうともう二度と目にすることはないだろう。LP草創期の1950年代にマイナー・レーベルから出た稀少盤はとりわけそうだ。そう思うと惜しくなって、作業がなかなか捗らない。
今たまたま目の前にある十数枚のLPもそうした一群である。
1950年代の中頃から後半にかけて、ボストンを拠点として活動したユニコーン・レコード(Unicorn Records)のアルバムが十数枚ある。この会社は短命だったこともあり、今ではほぼ完全に忘れられてしまったが、作曲家バルトークの次男で有能な録音技師ピーター・バルトーク(Peter Bartók)を擁して、数々のハイ・フィデリティ録音のLPを送り出した、当時としては先進的なレーベルである。
煩を厭わず、手許にあるアルバムをレコード番号順に列挙しておこう。
UN LP 1013
パレストリーナ: ミサ・ヴェニ・スポンサ・クリスティ
ラッスス: ミサ《われは途方に暮れ》
ハンス・ギレスベルガー指揮
ウィーン室内合唱団
UN LP 1016 "18th Century Children's Music"
レオポルト・モーツァルト: カッサシオ(玩具の交響曲)
ヨハン・ヴィルヘルム・ガブリエルスキ: 行進曲とトリオ
レオポルト・ホフマン: 管弦楽と玩具楽器のための交響曲
F・チャールズ・アドラー指揮
ウィーン管弦楽協会
UN LP 1020
ヨハン・ミヒャエル・ハイドン: 交響曲 ハ長調
ヨーゼフ・ハイドン: 序曲 ニ長調
カール・シュターミツ: クラリネット、バス―ンのための協奏曲*
クラリネット/リヒャルト・シェーンホーファー*
バス―ン/レオ・ツェルマーク*
F・チャールズ・アドラー指揮
ウィーン管弦楽協会
このあたりまではウィーンでの出張録音が続く。当時のアメリカの新興LPレーベルのウェストミンスター、ヴォックス、ヴァンガード、ハイドン協会などでは、ウィーンで同地の演奏家を起用して、バロック音楽やハイドンの交響曲など未開拓の分野で新録音を行うのが流行していたから、後続のユニコーンがその顰みに倣ったのは当然のなりゆきだった。
ところが1956年頃、ユニコーンで地元ボストンを録音場所と定め、市内のシンフォニー・ホールや隣町ケンブリッジのマサチューセッツ工科大学に新設されたチャペルや音楽ホール(1955年竣工、エーロ・サーリネン設計)を拠点に、最先端のハイファイ録音を開始する。ここで登場するのがピーター・バルトークだ。
UNLP 1028 "Bach - Hindemith - Dutilleux"
バッハ: オーボエとチェンバロのためのソナタ ト短調
ヒンデミット: イングリッシュ・ホルン・ソナタ、オーボエ・ソナタ
デュティユー: オーボエ・ソナタ
イングリッシュ・ホルン、オーボエ/ルイス・スパイヤー
チェンバロ/ダニエル・ピンカム
ピアノ/デイヴィッド・バーネット*The Berkshire Woodwind Ensemble Series
→アルバム・カヴァーUNLP 1032 "Music at M.I.T. - Handel Concertos for Organ and Orchestra"
ヘンデル:
オルガン協奏曲 作品4、第2番、第5番
オルガン協奏曲 作品7、第1番、第5番
オルガン/ローレンス・モウ
クラウス・リープマン教授指揮
ユニコーン・コンサート・オーケストラ 1956年頃、マサチューセッツ工科大学チャペル
*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNLP 1033 "Music at M.I.T. - Beethoven: Piano Sonatas"
ベートーヴェン: ソナタ 第30、第31番
ピアノ/エルンスト・レヴィ1956年、マサチューセッツ工科大学クレスギ講堂(Kresge Auditorium)
*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUN LP 1035 "Music at M.I.T. - Liszt"
リスト: ソナタ ロ短調、《孤独のなかの神の祝福》
ピアノ/エルンスト・レヴィ1956年、マサチューセッツ工科大学クレスギ講堂(Kresge Auditorium)
*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNLP 1036 "Music at M.I.T. - Haydn Sonatas"
ハイドン: ソナタ 第32、第50、第51、第46番
ピアノ/エルンスト・レヴィ1956年、マサチューセッツ工科大学クレスギ講堂(Kresge Auditorium)
*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUN LP 1037 "Bartók - Ives - Milhaud - Skalkottas"
バルトーク: 嬉遊曲
アイヴズ: 答えのない質問
ミヨー: 交響曲 第四番
スカルコッタス: 弦楽のための小組曲
ルーカス・フォス指揮
ジンブラー・シンフォニエッタ1956年頃、ボストン、シンフォニー・ホール
*Engineered and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUN LP 1038 "Light Music - Boyd Neel Orchestra, Ltd."
シベリウス: ロマンス
グリーグ: 二つの旋律
オーレ・ブル: セーテルの娘の日曜日
ヨハン・アグレル: シンフォニア ヘ長調
トマス・アーン: エアとジーガ
トマス・アーン: 舞曲集 ~《コマス》
ヘンデル: 夢の音楽 ~《アルチーナ》
ヘンデル: 《ファラモンド》序曲
ボイド・ニール指揮
ボイド・ニール管弦楽団*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNLP 1039 "Bach: Brandenburg Concerto No. 5 etc."
バッハ:
ブランデンブルク協奏曲 第五番*
ピアノ協奏曲 ニ短調
ピアノ&指揮/ルーカス・フォス
フルート/ジェイムズ・パップツァキス*
ヴァイオリン/ジョージ・ザゾフスキー*
ジンブラー・シンフォニエッタ1957年頃、ボストン、シンフォニー・ホール
*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNLP 1041 "Brandenburg Concertos"
バッハ: プランデンブルク協奏曲 第五、第三、第六番
ヴァイオリン/エマニュエル・ハーウィッツ
フルート/ジョフリー・ギルバート
チェンバロ/ジョージ・マルコム
ボイド・ニール指揮
ボイド・ニール管弦楽団*Mastered by Peter Bartók
UNLP 1042 "Mozart - Boyd Neel Orchestra, Ltd."
モーツァルト:
アイネ・クライネ・ナハトムジーク
セレナータ・ノットゥルノ
嬉遊曲 第十一番
ボイド・ニール指揮
ボイド・ニール管弦楽団
*Mastered by Peter Bartók
UNLP 1044 "Dvořák - Vaughan Williams: Boyd Neel"
ドヴォジャーク: 弦楽セレナード
ヴォーン・ウィリアムズ:
《グリーンスリーヴズ》による幻想曲
トマス・タリスの主題による幻想曲
ボイド・ニール指揮
ボイド・ニール管弦楽団
*Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNLP 1046 "Music at M.I.T. - The Art of André Marchal vol. 1"
バッハ: クラフィーア練習曲集(第三部)
オルガン/アンドレ・マルシャル1957年頃、マサチューセッツ工科大学チャペル&クレスギ講堂
*Recorded at M.I.T. by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNLP 1048 "Music at M.I.T. - The Art of André Marchal vol. 3"
バッハ: オルガン・コラール集
スヴェーリンク、パーセル、ブクステフーデらの作品
オルガン/アンドレ・マルシャル1957年頃、マサチューセッツ工科大学チャペル&クレスゲ講堂
*Recorded at M.I.T. by Peter Bartók
→アルバム・カヴァー UNLP 1051 "Music at M.I.T. - Ernst Levy plays Beethoven"
ベートーヴェン: ソナタ 第二十七、第二十八番
ピアノ/エルンスト・レヴィ1958年、マサチューセッツ工科大学クレスギ講堂
*Recorded at Kresge Auditorium, M.I.T. by Peter Bartók
UNSR-1 "Music at M.I.T. Series Sampler"
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第三十一番*
ヘンデル: オルガン協奏曲 作品4、第2**
ベレゾフスキ: 金管組曲 作品24***
ピアノ/エルンスト・レヴィ*
オルガン/ローレンス・モウ、クラウス・リープマン指揮**
ロジェ・ヴォワザンと彼のアンサンブル***1956年頃、マサチューセッツ工科大学クレスギ講堂
*Recorded and Mastered by Peter Bartók
→アルバム・カヴァーUNSR-2 "Unicorn Sampler $1.98"
ヴィヴァルディ、パレストリーナ、ガブリエーリ、ヘンデル、サリヴァン、シューベルト、スヴェーリンク、バルトーク、アイヴズ、ストラヴィンスキー、ランダル・トムソン、ロラン=マニュエル、カウエルの作品(抜粋)
*Mastered by Peter Bartók →アルバム・カヴァー
忘れずに註記すると、この「ユニコーン・レコード」とは英国で1970年に創設された同名のレコード会社とは全く別物だということだ。フルトヴェングラーの覆刻LPで名を成し、指揮者ヤッシャ・ホーレンシュタインの新録音、作曲家バーナード・ハーマン、ピーター・マックスウェル・デイヴィスの自作指揮シリーズを手がけた英国の「ユニコーン」(正式名称はUnicorn-Kanchana)は、今も多くの愛好家の記憶に鮮やかだろう(
→英Unicorn-Kanchanaのロゴマーク)。
これに対して、1950年代の一時期だけ存続した在ボストンのマイナー・レーベル「ユニコーン・レコード」のことを、半世紀以上も経ってから思い起こすのは、よほど奇特な人だけだろう(
→米Unicorn Recordsのロゴマーク)。
小生が集めたLPはとりたてて保存状態が良好なわけではないが、このボストン産「ユニコーン・レコード」の録音が際だって鮮明で、モノーラル録音として当時の最高水準に達していたことは、傷の多い盤面からも察せられる。これらの録音を担当した技師ピーター・バルトークの耳と腕のよさは疑う余地がない。
ピーター・バルトークが手がけた録音というと、真っ先に引き合いに出されるのが1950年に米Periodレーベルから出たヤーノシュ・シュタルケルによるコダーイの無伴奏チェロ・ソナタ。誰が云いだしたのか「眼前で弦から松脂の粉が飛び散るような」迫真の録音と評された。その後、父の作品を世に広めるべく「バルトーク・レコード」を創設し、ヴィオラ協奏曲、歌劇《青髭公の城》、バレエ《かかし王子》、《カンタータ・プロファーナ》など多くの世界初録音を世に問うた。
彼は九十二歳でなお健在で、CD時代にも細々ながら「バルトーク・レコード」の旧譜を発売し続けている。彼はまた父の優れた回想録も著しており、ヴィオラ協奏曲の自筆草稿ファクシミリ版や《青髭公の城》《かかし王子》の校訂譜なども出版している。こうした父バルトークに関するピーター・バルトークの多面的な仕事は、個人的に親交のある村上泰裕さんが「バルトーク・レコーズ・ジャパン」を立ち上げて、わが国にも逐一つぶさに伝えられている(
→バルトーク・レコーズ・ジャパンのHP)。上述の回想録も村上さんの手で邦訳された(
→これ)。
こうした父親に因むピーター・バルトークの仕事が今日でも尊重されているのに較べ、1950年代に彼がボストンの「ユニコーン・レコード」で手塩にかけた優秀録音のLP群は、殆ど顧みられることなく忘却の淵に沈んでしまった。
同レーベルが数年間(1954、55年頃から58年頃まで)しか存続できず、廃業後ニューヨークの「カップ・レコード(Kapp Records)」に売却された音源はいつしか破棄されたとおぼしく、レコード史の暗闇に埋もれたまま、今や覆刻も儘ならない。まあ、こうした成り行きは、LP黎明期のクラシカル業界に群雄割拠したマイナー・レーベルを等し並みに見舞った宿命だったのだが。
小生はことさら熱心に「ユニコーン・レコード」を蒐集したわけではない。いつの間にか、ただなんとなく手許に集まったのだ。
最初に手にした
ルーカス・フォス(Lucas Foss/ 作曲家として名を成した人物だ)指揮ジンブラー・シンフォニエッタによるバッハ(UNLP 1039)が実に好もしい演奏だったので、そこから芋蔓式に同じ面子による20世紀音楽(UNLP 1037)、バッハ、ヒンデミット、デュティユーの室内楽を並べた面白いアルバム(UNLP 1028)などへと興味が連なったのだと思う。自然の一隅を捉えたジャケット写真がどれも秀逸なのに心惹かれたこともある。
「ユニコーン・レコード」に登場する演奏家たちは、上述の
ジンブラー・シンフォニエッタ(Zimbler Sinfonietta)メンバーも室内楽奏者らも当時のボストン交響楽団メンバーだったし、ベートーヴェンやリストのピアノ・ソナタの秀演を披露したスイス人
エルンスト・レヴィ(Ernst Levy)はマサチューセッツ工科大学の教員だった。珍しいところではフランスのオルガン奏者
アンドレ・マルシャル(André Marchal
)の登場だろうが、これもマサチューセッツ工科大のチャペルやホールに備え付けのオルガンをお披露目する意味があったのだろう。
ジャケット裏面には簡略ながら録音データが示され、多くのディスクに "Recorded by Peter Bartók" "Mastered by Peter Bartók" "Recorded and Mastered by Peter Bartók" などと明記されている(当時としては異例な扱いだ)。
これら三様の記述に明確な区別があるのか否かは詳らかでなく、もしかすると録音現場にピーター・バルトークが立ち会わず、マスタリング(音質調整)のみ担当した例もあるかもしれない。ボイド・ニール(戦前から戦後にかけて室内楽団を率い、バロック演奏の権威だった)指揮のブランデンブルク協奏曲集などはロンドン収録なのが明らかなので、録音担当者は別人である可能性が高い。このあたりは頼るべき資料がなく、実情はもはや霧の彼方なのである。
以上が手許にたまたま十九枚だけ残る「ユニコーン・レコード」に関して、小生が辛うじて知り得たごく断片的な事実である。
因みに、列挙したユニコーン音源のうち、エルンスト・レヴィのピアノ独奏に関しては、米国の覆刻専門レーベル Marston Records から所謂「板起こし」で数年前CDが出た(
→その1、
→その2)。こんな時代にも具眼の士はいるものである。