八月の大仕事(?)がすべて完了し、しばし呆けたように在宅している。老いの身にライナーノーツ二本とトークショーの司会は荷が重かった。これでひと夏が完全に費やされてしまった。避暑旅行も加藤泰の連続上映も何もかも諦めた。
そんなわけで昨日も居間でぼおっと所在なく過ごしていると、傍らの家人が「
最近ニッポンでもラウンドアバウトが造られるようになったらしい」と宣う。ネット上の新聞記事で読んだのだそうだ(
→日本経済新聞の記事、ただし途中まで)。
ラウンドアバウト(roundabout)とは英国で創案されたという交叉点の形式で「環状交叉点」と訳される由。手っ取り早くウィキペディアの定義を引くと、
ラウンドアバウトとは交差点の一種である。三本以上の道路を円形のスペースを介して接続したもので、この円形のスペースの真ん中には中央島と呼ばれる、円形の通行できない区域がある。車両はこの中央島の周りの環状の道路(環道)を一方向に(右側通行なら反時計回り、左側通行なら時計回り)通行する。
ということになる。言葉での説明ではまだるっこしいので、ロンドンでの実例を写真で掲げよう(
→ウォータールーの四叉路のラウンドアバウト、
→トラファルガー広場に隣接する五叉路状のラウンドアバウト)。
更に典型的な例としてはスコットランドのエディンバラ郊外に位置するシェリフホール(Sheriffhall)の六叉路ラウンドアバウトがある(
→これ)。周囲に建物がないので、交叉点の構造や車の流れがよくわかる。
小生がラウンドアバウトの存在を知ったのは、ロンドンで実物を目にするよりも前に、これを標題とする林望氏のエッセイを読んだのがきっかけだったと思う(第三随筆集『ホルムヘッドの謎』1992)。氏はラウンドアバウトこそは「最小限の規制」と「最大限の自制」を旨とする英国人気質の最良の表れであるとしたうえで、これと初めて出会ったときの衝撃を記す。
初めてロンドンについて、ヴィクトリア駅からタクシーに乗ったとき、この象のように図体の大きい黒いタクシーキャブがたいそうなスピードで街の中を飛ばしていって、なおかつその道の至るところでグルグルとロータリーを回るのに驚き、かつはまた目の回る思いをしたことだった。これはいったいどうなっているのだろうと、その時は思ったけれど、まもなくそれは「ラウンドアバウト」という交差点の一種であることを知った。普段われわれが目にする交叉点に較べ、ラウンドアバウトの利点は明らかである。この交叉点には信号が設置されず、進入した車はそのままノンストップで環状の周回路を巡ることで、望んだ方向へと方向転換できる。無駄な待ち時間が省けるし、信号設備の維持管理費も不要になる。誰が思いついたのか知らないが、実にこれは劃期的な発明ではなかろうか。
上述のエッセイで、林望さんは英国におけるラウンドアバウトの通行方法を以下の箇条書きにまとめている。
1、なにはともあれ、ラウンドアバウトは一切の例外無く時計回りの一方通行である。
2、そして、ともかくラウンドアバウトの内部に既に進入している車が全ての周辺流入路に対して絶対的優先通行権を有する。
3、右側から来る車が優先権を持つので、ラウンドアバウトに入ろうと思うときはまず右なら車が来ないかどうか確かめて、たといそれが自転車であろうと十トントラックであろうと、何らかの車がこのラウンドアバウトを周回してくるのを認めたら、その車が自分の前を通過してしまうまで周回路内に入ってはいけない。
4、もし、右から車が来ないことが容易に確認できる場合には、ラウンドアバウトに入るに際して一時停止するには及ばないので、安全を確認しつつそのまま進入してよい。
5、進入する道路から見てすぐ左隣の道に進みたいときは、左折信号を出しながら一番左の車線を進み、すぐに左折してラウンドアバウトを離脱する。
6、それ以外の道に進みたいときは、右折信号を出しつつ進入してラウンドアバウトを周回し、目的の道の一つ前の道を過ぎたときに左折信号に切り換えて、目的の道に左折で入り、ラウンドアバウトを離脱する。懇切にして明快なリンボウ先生の解説で、ラウンドアバウトのなんたるかは完璧におわかりいただけたと思う。たしかにこの交叉点方式は目覚ましい卓見というべきだ。交叉点でありながら、すべての車が常に同じ方向に(英国の場合、時計回りの周回コースを)並行して走り、決して車同士が対向しない。したがって信号機を設置する必要も生じない。蓋し天才的な発想である。
私たちの知る交叉点で右折する際に、対向車線の流れを横切り、後続車の進行を遮る形で、少なからぬ危険を冒してハンドルを右に切るのとは大違いである。
しかもこのラウンドアバウト方式だと、交叉点に集まる道路が何本あっても構わない。三叉路、四叉路、五叉路・・・なんでもござれなのだ。同じように周回路を回り、向かうべき方向へと離脱すればいいのである。
かくも卓越した完璧な交叉方式にも弱点がある。
さてそうして、この理想主義的交差法の最大の欠点は、交通量がある水準に達したところで突然渋滞を引き起こして機能が麻痺するに至るということにある。つまり、周回路内の飽和自動車数は一定なので、各方向からの交通量がその飽和数に対して余りに大きくなりすぎると、そこで待ち時間が非常に長くなり、結果として、ある限界を超えると、ほとんど致命的な交通渋滞を引き起こす可能性があるということである。[中略] 二つの交通繁多な主要国道がラウンドアバウトで交差するというような場合は、その両方の道ともひどく渋滞するということになるのはまず目に見えているのではないか。
交通量が増大すると露呈する弱点ゆえに、英国よりも人口密度が比較にならぬほど大きいわが国では、ラウンドアバウトは不向きであり、実用的な交叉方式とはなり得ぬだろう。リンボウ先生も、エッセイの終わりのほうでこう断っている。
東京のようなところで無闇とラウンドアバウトなどを作ったところでいたずらに大渋滞を引き起こすに過ぎないことは、充分に承知しているつもりである。英国でラウンドアバウトが正規に法制化されたのは1960年代という。林望さんがこの啓蒙的な文章を書いたのは1990年代の初めだ。それがどうだろう。2016年の現在、半世紀の遅れをとって、わがニッポンにも少しずつラウンドアバウトが登場しつつある、というのが冒頭の日経新聞の記事であった。
こうした問題について明るい旧友おらが君に尋ねてみると、たちどころに明快な回答が得られた。同君によれば、わが国のラウンドアバウトの現況は次のごとし。
環状交差点ですが、2014年9月1日に導入され、本年3月末現在、全国55か所に設置されています。千葉県内には3か所あり、お近くでは、京成線みどり台駅前にあります。
環状交差点は、ご案内のとおり、待ち時間が少ない、信号機の維持管理費が不要であるという効果に加え、車両同士の交錯点が少なく速度が抑制されることによる交通事故の減少、信号機が設置されないことによる大規模災害発生時の信号機の機能停止に起因する事故発生の防止等の効果があります。
環状交差点導入後、全国で死亡・重傷事故は発生していないようですが、当該交差点では、いずれも導入以前から重大事故は起こっていなかったようで……。さすがである。博雅の友をもつ悦びここに極まれり。ついにラウンドアバウトは極東の島国にも上陸を果たしていたのだ。全国で五十五か所という数字はまだ普及というには程遠いが、それでも導入から二年間で目立った交通事故もなく推移しているのは、この交叉方式がわが国でも有効である証しだろう。
おらが君がわざわざ言及してくれた千葉市内の「京成線みどり台駅前」の交叉点なら、小生も何度か自転車で通りかかったことがある。辺りの住所は千葉市稲毛区緑町二丁目。千葉大学キャンパスからJR総武線を挟んで反対側に位置する市街地の五叉路である(
→これ、
→これ)。
地上からでは判りにくいので空撮写真をご覧いただこうか(
→これ)。
ネット上で見つけたこれらの写真は、みどり台駅前の五叉路がラウンドアバウト化される以前、すなわち小生がよく見知った状況を示している。ご覧のとおり、これは英国で目にする本家のラウンドアバウトとなんら変わるところがない。交叉点にはもともと信号が設置されておらず、進入した車は円い島の周囲を時計回りで一方通行しながら、思い思いの方向へと散っていく。従来ここは地元では「ロータリー」とか「ロータリー交叉点」と呼び習わされてきたらしいが、これぞ正真正銘のラウンドアバウトにほかならない。千葉は倫敦だったのだ!
この場所にロータリー状の五叉路がいつできたかは不明ながら、おそらく1948年から52年にかけての土地区画整理の結果だろうという。
新聞報道によれば、この自然発生的な「ラウンドアバウト」が2014年9月施行の改正道路交通法の規定を享け、晴れて正式に「ラウンドアバウト」と千葉県警から認定されたのは、翌15年4月のことだったらしい(
→産経新聞、
→千葉日報)。
関連記事や最近の写真をネット上で渉猟していて、アッと驚かされた。この「京成線みどり台駅前」交叉点のラウンドアバウト化に伴って、その円形の中之島にはなにやら彫刻が設置されたらしい(
→この写真)。より近く寄ってみると、おゝやっぱりそうだ!(
→これ)。米国の彫刻家ロバート・インディアナの公共彫刻の傑作《LOVE》ではないか! 千葉市稲毛区はニューヨークの六番街でもあったのだ。