驚くべき音声記録が出現した。些か出自が怪しげな音源ではあるが、これを聴かずにいられようか。ピエール・モントゥーが指揮したドビュッシーの歌劇《ペレアスとメリザンド》全曲の実況録音である。
1954年1月2日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のマティネ公演だそうだ。モントゥーが何度かこのオペラを指揮していた事実は承知していたけれど、録音が現存していたとは今の今まで知らなかった。なにしろ、彼は指揮者になる前、ヴィオラ奏者としてオペラ=コミック座での《ペレアス》世界初演(1902年4月30日)に加わった御仁なのだ!
"Debussy: Pelléas et Mélisande -- Pierre Monteux/ Metropolitan Opera"
ドビュッシー:
ペレアスとメリザンド
ペレアス/シオドア・アップマン
メリザンド/ナディン・コナー
ゴロー/マルシアル・サンゲール
アルケル/ジェローム・ハインズ
ジュヌヴィエーヴ/マーサ・リプトン
イニョルド/ヴィルマ・ゲオルギウ
医者/ルーベン・ヴィチー
ピエール・モントゥー指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団1954年1月2日、ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場(実況)
Premiere 60081DF (2016, 2CD-Rs)
→アルバム・カヴァーモントゥーは初演当時(20世紀初頭)「クロード・ドビュッシーはオーケストラの楽員たち全員から少々頭がおかしく、その作品は超現代的と考えられていた」と述懐し、ドビュッシーのある種の作品、例えば《雲》などに「しばしば現れる小節の限りない繰り返しには [...] やはり完全には納得できないものがある」と告白したのち、《ペレアスとメリザンド》こそは「
あきらかに私の好きな作品だ」「
私はこの霊感に満ちたオペラを指揮する時、いつも本当に心を奪われてしまう。勿論、メーテルリンクの神秘的な原作もこの作品への私の愛情の大きな部分を占めてはいるが」と妻ドリスに語っている(『指揮棒と80年』家里和夫訳)。
この一節を記憶していたものだから、爾来デゾルミエール、アンゲルブレシュト、アンセルメ、フルネらの歴史的演奏に接するにつけ、モントゥーの《ペレアス》を聴きたいという思いが募った。もっともモントゥーがオペラを振る機会は滅多になく、せめてサンフランシスコやモントリオールでの演奏会形式による上演(前者は1947年、メリザンドはマギー・テイト!)の実況録音が発掘されないか、空しく待ち望んできた。これまで辛うじて聴けたのは1957年にボストン交響楽団を振った管弦楽抜粋(間奏曲を繋げたもの)のみだった(米Discocorp のLP)。
そんなわけだから、このような非公式盤にも食指が伸びた、というか、存在を知って居ても立ってもいられなくなった。音源の信憑性は確かめようがないが、歌劇場の上演記録にはたしかにこの公演は記されており(モントゥーは1953/54年にメットで《ペレアス》を六回指揮している。うち一回はフィラデルフィア公演)、ラヂオ中継が行われたこともわかっている。それがアセテート盤として保存されたのがこの音源なのだろう。
危惧していた音質も、録音年度のわりに上質でノイズも少なく、声と管弦楽とのバランスも適正なので一安心。実は第二幕に一か所だけ五分近い欠落がある(別録音で補填してある)のだが、ドラマを味わうにはさしたる支障もなく、些細な瑕瑾に留まっているのは不幸中の幸いだ。
モントゥーの指揮はさすがにこのオペラを熟知した者のみがなしうる秀逸さだ。終始どこにも無理がなく、繊細な味わいとともに、息の長いドラマを醸しているように思う。歌手たちはおそらく当時のメットの常連たちなのだろう、誰もが知る大スターは登場しないが、そのぶん安定したアンサンブルの妙が愉しめる。
米国のオペラ事情に昏い小生には、このキャスト中で知っているのはゴローに扮する
マルシアル・サンゲール Martial Singher くらい。ラヴェルの《ドゥルシネアに思いを寄せるドン・キホーテ》の世界初演者である。あとはジュヌヴィエーヴ役の
マーサ・リプトン Martha Lipton(マーラーの第三交響曲のバーンスタイン録音で歌っている)。その他の歌手の名はいずれも初耳だ。
主役の二人について少しだけ調べてみた。
ペレアス役の
シオドア・アップマン Theodor Uppman(1920~2005)はカリフォルニア州サンノゼ生まれ。1947年にモントゥーが手兵サンフランシスコ交響楽団で《ペレアス》演奏会形式による上演を敢行したとき、マギー・テイト(ドビュッシーに可愛がられ、メリザンド役を得意とした)の相手役としてペレアスを歌って絶賛された。53/54年のシーズンからはメトロポリタン歌劇場に進出し、もっぱらモーツァルト歌いとして名を馳せたが、初舞台はモントゥー指揮による《ペレアス》だった(1953年11月23日)。モントゥーはアップマンのペレアス歌唱を高く買っていたらしく、彼がメットで六回指揮した《ペレアス》ではすべてアップマンがタイトルロールを歌っている。
メリザンドを歌った
ナディン・コナー Nadine Conner(1907~2003)も西海岸の出身。カリフォルニア州コンプトンに生まれ、最初はポピュラー歌手としてビング・クロズビーやネルソン・エディらとラジオで共演したのちオペラ畑に進出、ロサンゼルス歌劇場を経て1941年からメットの舞台に立った。モントゥーとの馴れ初めは不明だが、年代的にみておそらく西海岸時代に知遇を得ていたと考えられよう。1953年11月23日、モントゥーがメットで《ペレアス》を振ったとき、アップマンの相手役として抜擢されたのが彼女だった。翌54年1月2日の当録音を聴く限り、コナーのリリカルな声質はメリザンドに打ってつけと感じられる。癖のない歌い方も好感がもてる。
モントゥーが1953年12月7日と54年1月12日にメットで《ペレアス》を振ったとき、アップマンの相手役はスペインの歌姫ビクトリア・デ・ロスアンヘレスだった。これら二日の実況録音が残されていないのは残念な気もするが、モントゥーが完全に音楽の主導権を掌握し、思う存分に自らの《ペレアス》解釈を披歴できたのは、むしろ歌劇場専属のアップマン=コナーの舞台だったかもしれない。
ドビュッシーのオペラ演奏史に新たな一頁を付け加える未知の音源の発見に、心から快哉を叫びたい思いである。