前々から聴けるのを心待ちにしていた「N響ザ・レジェンド」というFM放送。今回はフランスの巨匠ジャン・マルティノンが客演指揮したNHK交響楽団の1963年の貴重な実況音源である。すべての予定をキャンセルし、息を潜めてラヂオの前に陣取る。いざとなると聴くのが怖いような内容だ。午後七時過ぎから。
ジャン・マルティノン指揮
NHK交響楽団
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ラヴェル:
組曲《マ・メール・ロワ》
1963年5月25日、旧NHKホール(実況)
ルーセル:
交響曲 第三番
1963年5月21、22日、東京文化会館(実況)
ストラヴィンスキー:
バレエ音楽《春の祭典》
1963年5月21、22日、東京文化会館(実況)
ベートーヴェン:
劇音楽《エグモント》序曲
1963年4月15日、東京文化会館(実況)
1953年に続く、マルティノン二度目の来日の稀少な演奏記録である。十年を隔てたN響との二度の共演はすでにキングレコードから四枚のCDになっているが、このたび放送されるのは冒頭のラヴェルを除いては、これまで存在すら知られなかった幻の音源である。
最大の衝撃はルーセルの第三交響曲。マルティノンはルーセルの門下生であり、多くの作品を録音したが、この第三交響曲だけは何故か正規録音がなく、つい最近まで(昨年ボックス・セットでフランス放送国立管弦楽団との実況音源が初めて世に出た。
→その拙レヴュー)全く聴けなかった。その意味からも本音源は値千金であるばかりか、嬉しいことにステレオ収録なのだ。
一聴して天にも昇る心地がした。これは凄い演奏である。今日とは比較にならぬ非力だったはずのN響から、これだけ正統的なルーセルの響きを引き出したマルティノンの卓越した指揮能力には舌を巻く。一楽章や終楽章の有無を言わせぬ推進力には、五十三年後の私たちをも感動させる力がある。解釈の基本は上述のパリ音源(1970)と殆ど変わりがなく、マルティノンが東洋の島国でも妥協なく自らの音楽を貫いたことを証拠立てる。そのオルケストル・ナシオナルに勝るとも劣らぬ白熱の演奏であることに心底びっくり仰天した。
次の《春の祭典》はさすがに聴き劣りする。半世紀前のN響にこの曲が手に余ったのは明らかだし、ブーレーズ以前の指揮者たちは複雑なスコアを今のようにスマートに捌く術を知らなかったから、なんというか、生々しくグロテスクな印象が際立つ演奏に、正直なところ違和感がある。だが、それこそが半世紀前の《春の祭典》録音を聴く醍醐味だと云えなくもない。バレエ初演からちょうど五十年後の演奏。これもステレオ録音。ルーセルの交響曲と同日の収録だという。
そしてアンコール風に《エグモント》序曲。振幅が激しく、構えの大きい劇的な演奏に思わず背筋が伸びる。マルティノンが独欧音楽の正統的な解釈者でもあったことを改めて思い起こさせる秀演。
今から半世紀以上も前に、日本のオーケストラがこれだけの高みに達していた。その素晴らしさは1962年に来日したシャルル・ミュンシュが日本フィルを振った一連の実況録音と双璧だろう。なるほど響きは些か冴えず、技量的にも制約があるのだが、名伯楽の薫陶を得て、全身全霊で取り組めば、ここまで音楽の神髄に肉薄できたのだ。昨今の在京オーケストラは今一度この「原点」に立ち戻り、初心を取り返す必要があるのではないだろうか。