度重なる震災報道にびくつき怯えながら過ごした諸事多忙な一週間の備忘メモ。
4月12日(火)
夕刻に上京、上野の東京文化会館で
フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮による東京都交響楽団の定期演奏会。《ペトルーシュカ》と《火の鳥》、いずれもオリジナル全曲版という潔いプログラムだ。ディスクで聴くロトには半信半疑だったのだが、生演奏には感服。普段はあまり気に留めない箇所に新鮮な発見が。例えば《ペトルーシュカ》の大団円、あの奇妙なとりとめない終結部も、ロトの精妙な指揮で聴くと、まるでドビュッシーの《夜想曲》の「祭り」の末尾のような、魔術的な雰囲気がたちこ
めて驚く。《火の鳥》全曲は音楽だけだと組曲版のような密度や纏まりに欠ける気味はあるものの、耳慣れない部分(「カスチェイ王の魔の踊り」の直前の禍々しい雰囲気や、魔法の卵が割れて、カスチェイが滅びる場面とか)にも作曲上の創意が浮き彫りにされ、細部の愉しみに満ちていた。どちらの演奏も、百年前の古典という感じが微塵もなく、若き天才ストラヴィンスキーが今まさに書き下ろした新作、その瑞々しい息吹に触れた気がした。ロト、やはり只者ぢゃあない!4月13日(水)
モランディ原稿のレイアウト校正。不思議なもので、苦手意識を抑えつつ渋々書いたはずの原稿なのに、再読すると意外にも苦吟の痕がみえない。執筆とはそういうものなのだろうか。前々から一度きちんと紹介したいと思っていた
清水俊二と山下謙一の『わが名はアラム』について記事を綴る。無論こちらは本心から書きたかった作文だ。こういう文章を発表できるブログという場をつくづく難有く思う。
4月15日(金)
上天気なので家人を誘って上京、上野の国立西洋美術館で「
カラヴァッジョ展」。小生は開幕二日目に観たので二度目の鑑賞。本人作が十点しかない「ぎりぎりの」回顧展だが、《果物籠を持つ少年》《バッカス》《メドゥーサ》の迫真の描写に圧倒され、《エマオの晩餐》(
→これ)の底知れぬ深さに言葉を失う。反面、鳴り物入りの「初公開」《法悦のマグダラのマリア》には一向に心そそられず、「なんだかなあ」。本当に真作なのか。そのあと常設展示も丹念に観たらさすがに草臥れた。公園内の「伊豆栄 梅川亭」で食事したら元気が回復、余勢を駆って池之端~谷中界隈を抜けて
根津神社まで散策。まだ咲き始めだが色とりどりの躑躅を堪能し、茶店で名物の酒饅頭を食する。一万二千歩も歩いたのでこの日は疲労困憊。
4月16日(土)
この日は疲れを癒すべく終日ほぼ在宅。「
ラジオなんですけど」を聴きつつ休養。九州の地震は止む気配なし。そのあと近所に躑躅の名所があるので様子見に出向くと、早くも見頃を迎えていた。桜→躑躅→藤と、季節の遷移にも弾みがつく。
4月17日(日)
連日の震災報道に打ちのめされ、おまけに強風が吹きすさぶ最悪の日。それでも予定があるので泣く泣く上京。案の定、途中で電車が立往生してしまい、タクシーと地下鉄を乗り継いで、三時間近くかけ、やっとの思いで渋谷に到着。まだ半時間ほど余裕があるのでタワーレコード七階へ。ここでキングインターナショナルの
宮山幸久さんに遭遇。これからインストア・ライヴをやるのだといい、奏者の
中村愛(めぐみ)さんに紹介される。エキゾティックな美貌にドギマギする。つい先日アルバム「風と愛~日本のハープ音楽80年」を出した気鋭のハーピストだ。後ろ髪を引かれる思いで辞去し、公園通りの喧噪を抜けてNHKホールへ。三時から
レナード・スラットキン指揮のN響定期。前半はバッハ、それもウッド、バルビローリ、オーマンディ、ストコフスキの編曲版を並べた面白いプロ。小生のお目当ては後半のプロコフィエフ「第五」だったが、これが思いのほか平凡な出来で失望。ミトロプロス、クレツキらの歴史的名演はおろか、ゲルギエフ、ユロフスキー、ネゼ=セガンの実演にも及ばない。スラットキン自身の旧録音にすら聴き劣りするのは指揮者のせいか、楽団のせいか。ガックリ落胆して会場をあとにし、原宿経由で帰路に就く。帰りのJRもダイヤが乱れた。教訓──大風の日は家に留まるべし。
4月18日(月)
早めの昼食を済ませ、肩掛け鞄に荷物を詰めて家を出る。空模様が心配だ。電車を三本乗り継いで亀戸へ。天神様の鷽替神事で毎年のように来ているが、今日の行先はいつもと違う。駅前通りを北上し、交叉点を左折せずにそのまま直進。十五分ほど歩くと運河に架かった石橋があり、その橋(福神橋)の袂に歴史ありげな工場が佇んでいる。
花王株式会社すみだ事業場だ。当方が架蔵する資料を同社の企業文化情報部に持参し、その素性のなんたるかを検討。開戦前後の花王が学童をターゲットに製品開発した一時期があったことを教えられる。工場構内にある
花王ミュージアムは単なる社史に留まらず、広く衛生をめぐる文化史を辿った素晴らしい施設。いずれ家人を伴って再訪したい。用事を済ませて表に出たら、今にも降り出しそうな空模様。亀戸まで徒歩で戻ると雨に見舞われそうなので、通りを逆行して東武亀戸線の小村井駅へ。わずか三駅分ながらローカル線の旅よろしく亀戸駅まで戻って、駅構内の売店で
船橋屋の葛餅を土産に買う。