昨日は所用で飯田橋に出たので、ついでに外堀沿いの桜並木を見上げながら半時間ほど散策。思いのほか花が残っているのに感動した。それにしても人の多さよ。平日とは思えぬほどだ。そのあと博覧強記のレコーディング・プロデューサー宮山幸久さんとお目にかかり四方山話。近作CDを頂戴する。小生からは昨年ずっと書いていた大田黒元雄のバレエ体験を考察した論考の抜き刷りを進呈。これで世話になった方の全員にお手渡しできた。
今日は今日とて家人に随伴して上京、東京駅から日本橋方面へ、桜並木伝いに歩く。さすがに散りかけていて、あちこちで盛大な花吹雪。橋の袂から見下ろすと、日本橋川には花筏が大きな渦を描いていた。
途中で買い求めたサンドウィッチで軽く昼食を摂ったあとは、室町のTOHOシネマズ日本橋で英国ナショナル・シアターのライヴ・ヴューイング。アーサー・ミラーの芝居《橋からの眺め A View from the Bridge》を観る。1950年代の名作だが小生は舞台では未見。NYの下町に暮らすイタリア移民のしがない暮らしと、家族間の葛藤と諍いが引き起こした悲劇を描いたもの。
昨年ロンドンのヤング・ヴィック座で初上演された新プロダクションなのだという。各方面から絶賛され、「ローレンス・オリヴィエ賞」演出部門賞を受けたのを受け、レスター・スクエア界隈のウィンダム座へ進出した凱旋公演の収録映像である由。ベルギーのイヴォ・ヴァン・ホーヴェ Ivo van Hove の演出。道具立てのない裸舞台で普段着の役者たちが感情の火花を散らす。いかにも緊密な舞台だが、そのぶん片時も科白を聴き逃すまいと緊張する。休憩なしの二時間強、小生は字幕に頼り切りだったが、家人はさらり平然と「科白はだいたい聴き取れた」とのたもう。英語聴取能力に歴然たる開きがあるのを痛感。
帰路も日銀本店前から東京駅まで別の裏道伝いに桜を眺めながら歩いた。駅の地下食堂街の寿司屋「魚じま」で遅めの定食ランチ。普通に旨い。
帰宅後は草臥れたので横になって仮眠。そのあと起き出して註文原稿を書こうとするが躓いて捗らない。完成は明日に持ち越しになりそうだ。
今日の《橋からの眺め》は初めて観る芝居(の映像)なのに、どこかしら既視感がある。どうしてなのか、と思案していて、ああ、そうか、とはたと気づく。もう十数年前、この劇に基づく新作オペラのCDを聴いたことがある。レヴューを書く必要から、歌詞を追いながら丹念に聴いたので記憶に残ったのだ。
"William Bolcom: A View from the Bridge"
ウィリアム・ボルコム:
歌劇《橋からの眺め》
アルフィエーリ/ティモシー・ノーレン
エディ/キム・ジョゼフソン
キャサリン/ジュリアナ・ランバルディ
ベアトリーチェ/キャサリン・マルフィターノ
ロドルフォ/グレゴリー・トゥレイ
マルコ/マーク・マクローリー ほか
デニス・ラッセル・デイヴィス指揮
シカゴ・リリック・オペラ合唱団・管弦楽団1999年10、11月、シカゴ、リリック・オペラ
New World Records 80588-2 (2CDs, 2001)
→アルバム・カヴァーウィリアム・ボルコムがどの程度わが国で認知されているか心許ないのだが、米国で今風のキャバレー・ソングを作曲し、愛妻ジョーン・モリスのピアノ伴奏を務めている人、という程度の認識がせいぜいではなかろうか。まして彼に本格的なオペラ作品があることを知る人がどれ位いるだろうか。ここからあとは十四年前に季刊誌『クラシックプレス』に寄稿した拙レヴューを丸ごと引こう(2002年春号)。
ウィリアム・ボルコム(1938~ )というと、どうしても細君ジョーン・モリスの伴奏ピアニストとしての印象が強いが、今やアメリカ作曲界の重鎮と称すべき存在である。ミヨーとメシアンに学んだ彼の書法は穏健そのものだが、シカゴのリリック・オペラの委嘱作として1999年に初演されたこの新作オペラでの円熟ぶりには驚いた。原作はアーサー・ミラーの同名の芝居、50年代のNYブルックリンを舞台に、貧しいイタリア移民の港湾労働者一家の愛憎を描いたドラマ(愛情のもつれから殺人が起こる)は、オペラ化にまさしく打ってつけの素材だ。
ボルコムの狙いは庶民のしがない日常を歌劇へと昇華させることにあり、その意味で《ポーギーとベス》やヴァイルの《ストリート・シーン》の伝統を意識した、正統的なアメリカン・オペラと呼ぶことができよう。本CDで聴く初演の舞台は燃焼度が高く、主人公の妻を演じるマルフィターノが脇役ながら出色。指揮者ラッセル・デイヴィスの統率力にも舌を巻いた。(沼辺信一)
なんとも引用するには汗顔ものだが、まるきり大間違いの的外れな評というわけでもなさそうなので安堵。短命だった『クラシックプレス』誌は、大量に届く輸入盤クラシカルCDの見本盤を二十人ほどのレヴューアーに振り分け、このような紹介記事を書かせていた。片山杜秀、東条碩夫、福島章恭、濱田滋郎、鈴木淳史といった錚々たるメンバーに混じって、平林直哉編集長に唆されるまま、せっせと作文に励んでいたのだから、いやはや、我ながら厚顔無恥というほかない。