註文したら翌日にはポストに届く。ひょっとすると当日中に配達される場合すらある。もうそれが当たり前になって久しいが、便利すぎてちょっと怖くなる。今か今かと待つ間の愉しみが失われてしまい、なんだか味気なくもある。
そんなわけで昨晩たまたまHMVのホームページで新着情報を目にした英国の月刊音楽誌 "BBC Music Magazine" の最新号(三月号)が早くも手元にあり、寝床のなかで頁を繰りながら附録CDを徐ろにターンテーブルに載せる。実のところ、これが聴きたくて註文したのである。
"French Piano Works / Anne Queffélec"
サティ:
グノシエンヌ 第一番*
ジムノペディ 第二番*
グノシエンヌ 第五番*
ジムノペディ 第一番**
グノシエンヌ 第三番*
ジムノペディ 第三番*
スポーツと気晴らし*
オネゲル:
ラヴェル讃***
プーランク:
田園曲 ~「ジャンヌの扇」***
アーン:
長椅子の夢想者 ~「思い惑う夜鶯」*
プーランク:
三つの無窮動***
アーン:
扉絵 ~「思い惑う夜鶯」*
冬模様 ~「思い惑う夜鶯」*
プーランク:
二台のピアノのための協奏曲****
モンポウ:
歌と踊り 第四番***
ピアノ/アンヌ・ケフェレック
第二ピアノ/フランク・ブラレー****
グラント・ルウェリン指揮
ウェールズBBCナショナル管弦楽団****2014年1月7日、ロンドン、フランス研究所(実況)*
1997年8月24日、プレスティーン音楽祭(実況)**
1987年12月6日、場所不詳(実況)***
2006年9月16日、カーディフ、セント・デイヴィッド・ホール(実況)****
BBC Music Vol. 24 No. 6 (2016)
→雑誌表紙とCDアルバム「サティ(生誕)百五十周年」と副題されたディスク。雑誌本体には別にサティ特集が組まれているわけではないが、1866年生まれのサティを壽ぐ企画なのだろう。バルビエやチッコリーニすでに亡き今、ケフェレック女史に白羽の矢が立つのは当然の成り行きか。彼女にはVirginレーベルに優れたサティ全集(1988)があったほか、近年もMirareレーベルに「サティと仲間たち Satie & compagnie」なる凝った選曲のアンソロジー(
→これ)を録音している。
サティのピアノ曲に不熱心な小生はそのいずれも架蔵しないが、この雑誌附録は上述の「サティと仲間たち」とそっくりなコンセプトのもと、ケフェレックがBBCにこれまで残した音源からサティとその後継者(と呼べるかはともかくとして)たちの音楽を一枚に収めたもの。いわば寄せ集めアルバムなのだが、後半のプーランクの協奏曲がちょっとした聴きものであり、独奏とコンチェルトを織り交ぜた一夜の演奏会(20世紀初頭にはよくあった)として聴くことも可能であろう。
聴き始めてすぐ、ケフェレックのサティが素晴らしく音楽的に処理されていることに驚く。淡々とクールに弾かれるのが当たり前のグノシエンヌたち、ジムノペディたちが表情豊かに、愛情と共感を籠めて奏されるのに感動を覚えた。ロマンティックな、といったら言い過ぎかもしれないが、ショパンさながらにルバートを多用して、肌理細やかに演奏する。しかも簡潔なフォルムはくっきり明晰である。告白するが「スポーツと気晴らし」を退屈せずに聴き通せたのは初めてである。
彼女のサティは前々からこうなのか? 最近の志向なのか? 二年前の演奏に混じって一曲だけ録音の古い、四半世紀近く前の第一ジムノペディも同様の行き方なので、これがケフェレックの流儀なのであろう。
そのあとに奏される「サティの仲間たち」、オネゲル、プーランクらの小曲がまた心憎いほどの出来栄えだ。とりわけレナルド・アーンの珠玉のミニアチュール曲集 "Le Rossignol éperdu" からの三曲の精妙さといったら! 小生は昔からこの小品集を鍾愛するが(
→ロシニョール・エペルデュのこよなき魅惑)、ここで披露された三曲から察する限り、ケフェレックはその最良の解釈者になれるかもしれない。全五十三曲が録音される日はいつか来ないものか。
後半のプーランク「二台ピアノのための協奏曲」も優れて音楽的。第二ピアノを弾くフランク・ブラレー(Frank Braley)はパリ音楽院でドヴォワイヨン、イヴァルディ、ルヴィエに学んだ人で、今は母校の教授だという。もう何度も来日し、2004年にはル・サージュとのデュオでこの協奏曲を弾いた由(ドネーヴ指揮、新日本フィル)。知らぬは小生ばかりなりといったところか。当演奏でもケフェレックとの呼吸がぴたりと合い、至福のプーランクを現出させる。
最後のモンポウはいわばアンコール代わり。極上のデザートさながら。彼の音楽もサティやプーランクと陸続きなのだ。ふと涙が出そうになる。
いつも同じ繰り言を申し述べてしまうが、こんな貴重な音源を惜しげもなく雑誌附録として提供する英国放送協会の鷹揚な太っ腹に感激する。これこそ公共放送の鑑であり、そこへいくと某国の放送協会の吝嗇さときたら・・・(以下略)。