(承前)
このボックス・セットにはジャン・マルティノンがエラートとEMIに残した全録音(ただしドビュッシーとラヴェルの全集、サン=サーンスの交響曲全集は除外)を集大成したものだが、附録として1970年代初頭の実況録音がいくつか加えられており、それらの初出音源が値千金なのである。とりわけ次の一曲はマルティノン愛好家の永年の宿願を叶えてくれるものだ。
CD2)
ルーセル:
交響曲 第三番
ジャン・マルティノン指揮
フランス放送国立管弦楽団1970年6月21日、パリ、シャンゼリゼ劇場(実況/INA音源)
from Erato 0825646154975 (2015, 14CDs)
前々稿の「ルーセル選集」でも略述したように、マルティノンが遺したルーセル録音は肝心の代表作である
第三・
第四交響曲、
ヘ調の組曲、
シンフォニエッタが含まれておらず、画龍点睛を欠くの感が否めない。
彼が働き盛りの六十代半ばで急逝してしまったという事情もあろうが、それよりも(彼が多くの録音を行った)エラート・レーベルにはミュンシュ指揮による第三・第四交響曲とヘ調の組曲(いずれも1965年録音)、EMIにはクリュイタンスの第三・第四交響曲、シンフォニエッタ(同じく1965年録音)がすでに存在し、屋上屋を重ねる形になるため、新録音が果たせなかった不運が絡んでいただろう。
資料によれば1970年前後のマルティノンはオルケストル・ナシオナルと共にルーセルの第三・第四交響曲を何度か演奏会で取り上げ、そのなかには実況録音が放送局に残されているものもある筈だ。現に小生は高校生の頃、NHK・FMで彼が手兵を率いて「プラハの春」音楽祭に乗り込み、ルーセルの第四交響曲を演奏したライヴを耳にした記憶が鮮明にある(1970年5月17日の演奏らしい)。いずれそれらの実況録音を耳にする好機が巡ってくるに違いない──マルティノンの歿後ずっと小生はそう信じ、その日が到来するのを心待ちにしてきた。
爾来四十年近い歳月が無為に流れ、今年になってようやく「その日」がやって来た。ボックス・セットの封を切るのももどかしく、逸る心を鎮めつつ、この「CD2」を真っ先にターンテーブルに乗せた。「永年の宿願」とはつまり、そういうことだ。
初めて聴いたマルティノンの「第三」は予想したとおり、否、あらゆる期待を遙かに上回る素晴らしい出来映えである。
師匠ミュンシュの燃えたぎる熱気やひたむきな疾駆とは対照的に、あくまで冷静沈着を失わず、揺るぎない安定感に貫かれたものだ。醸し出される音楽は入念な配慮を潜ませつつも質実にして剛健、どこをとっても骨太な構築性に裏打ちされ、これこそがルーセルだ、という確固たる自信が滲み出たような演奏だ。
一発勝負の実演ながら耳障りな瑕瑾は一切なく、むしろ全体が屈託ない感興に包まれた悦ばしい秀演なのである。状態のよいステレオ録音としてINA(国立視聴覚研究所)に残された僥倖に心から感謝したい。
因みに、このINAにはマルティノン&フランス放送国立管弦楽団の実況録音が少なからず残存しているらしい。当ボックスにはバルトークの《不思議な支那官吏》(1971年6月24日)とファリャの《三角帽子》全曲(1972年1月3日)が初収録されたが、ほかにも以下のような垂涎の実況記録がいろいろ残されている由。ネット上にある有用な情報(出典:
→「本日のライヴ録音」)の援けを借り、正規録音がない演目を中心に、目ぼしいものを掻い摘んで紹介しよう。
バッハ: ヨハネ受難曲 (1973年4月11日、サル・プレイエル)
モーツァルト: ミサ曲 ハ短調 (1973年4月4日、サル・プレイエル)
ベルリオーズ: ロミオとジュリエット (1969年10月8、10日)
ベルリオーズ: 夏の夜 (デ・ロスアンヘレス/1970年9月30日)
シューマン: 序曲「ゲノフェーファ」+交響曲 第一番 (1974年5月11日)
ブラームス: 交響曲 第一番 (1970年9月30日)
ブラームス: 交響曲 第二番 (1972年7月30日)
ブラームス: 交響曲 第四番 (1971年6月16日)
ブラームス: ドイツ・レクイエム (1972年10月25日)
ドヴォジャーク: Vc協奏曲 (ジャンドロン/1969年9月12日、ブザンソン)
ムソルグスキー(ラヴェル編): 展覧会の絵 (1972年3月1日/7月30日)
ラロ: スペイン交響曲 (シェリング/1972年3月20日)
フォーレ: レクイエム (1973年10月31日)
シュトラウス: ティル・オイレンシュピーゲル (1969年9月12日、ブザンソン)
マーラー: 子供の魔法の角笛+交響曲 第一番 (1971年11月17日)
マーラー: 交響曲 第三番 (1973年10月3日) *CD化済
シェーンベルク: グレの歌 (1971年1月27日)
フローラン・シュミット: イン・メモリアム (1970年4月22日)
ストラヴィンスキー: ペトルーシュカ (1971年11月21日)
ストラヴィンスキー: 春の祭典 (1970年10月7日)
ヒンデミット: 気高い幻影 (1969年12月10日)
バルトーク: Vn協奏曲 (シェリング)+青髭公の城 (1971年3月17日)
バルトーク: 管弦楽のための協奏曲 (1974年5月15日)
プーランク: グロリア (1968年10月16日)
ブリテン: イリュミナシオン (1974年4月4日)
ショスタコーヴィチ: Vn協奏曲 第二番 (オイストラフ/1971年10月20日)
ショスタコーヴィチ: 交響曲 第十四番 (1972年1月3日/フランス初演か)
ジョリヴェ: 「ジャンヌの真実」より 三つの交響的間奏曲 (1969年4月23日)
デュティユー: 交響曲 第一番 (1971年7月7日) *CD化済
デュティユー: メタボール (1975年1月6日)
マルティノン: トリプティック ~讃歌とロンド (1974年4月4日)
マルティノン: あるギリシア悲劇への前奏曲+交響曲 第二番 (1971年7月7日)
*特記以外の会場はシャンゼリゼ劇場どれを取っても心が騒ぐような貴重な演奏記録である。このほか1970年には生誕二百年を祝して「ベートーヴェン・ツィクルス」が催されているが、その折の実況録音はつい最近になって Altusレーベルから刊行され始めたようだ。