(承前)
1970年に年が改まって早々、なおもマルティノンの録音セッションは連日のように続く。日付順に記せば以下のとおりである。
CD3)ハチャトゥリヤン(ランパル編):
フルート協奏曲
フルート/ジャン=ピエール・ランパル
ジャン・マルティノン指揮
フランス放送国立管弦楽団
1970年1月5, 6日、パリ、ラディオ・フランス、スタジオ103
→オリジナルLPCD4)
ピエルネ/
《シダリーズと牧羊神》第一組曲
田園的主題による嬉遊曲
ジャン・マルティノン指揮
フランス放送国立管弦楽団
1970年1月5, 6日、パリ、ラディオ・フランス、スタジオ103
→オリジナルLPCD5)
ランドフスキ:
ピアノ協奏曲 第二番
ピアノ/アニー・ダルコ
ジャン・マルティノン指揮
フランス放送国立管弦楽団
1970年1月7日、パリ、ラディオ・フランス、スタジオ103
→オリジナルLPCD4)
ピエルネ/
コンツェルトシュテュック
ハープ/リリー・ラスキーヌ
ジャン・マルティノン指揮
フランス放送国立管弦楽団
1970年1月8日、パリ、ラディオ・フランス、スタジオ103
→オリジナルLPfrom Erato 0825646154975 (2015, 14CDs)
新年早々にマルティノンが録音したのはなんとハチャトゥリヤン。しかもフルート協奏曲という未知の作品だった。それもそのはず、これは世界初録音──種を明かせばあの有名なヴァイオリン協奏曲をそっくりそのまま(独奏部を少しだけ改変して)フルート協奏曲に仕立てたものだ。なんでも、ランパルがハチャトゥリヤンに新作を委嘱しようとしたら、「あの曲をお前さんが自分で編曲すればいいぢゃんか」と逆提案されたのだという。随分いい加減な話ではある。
だからこの曲は云ってみれば際物なのだが、ランパルの独奏が唖然とするほど上手なのでついつい聴き惚れてしまう。一連のエラート録音中これだけが非フランス音楽で違和感は否めないものの、伴奏指揮者としてのマルティノンの手堅さを知るうえでは貴重な実践例かもしれない。
次の正真正銘のフランス音楽。ただしピエルネは当時も今もマイナーな存在だから、アルバムとして管弦楽曲がまとめられるのは珍しいことだ。バレエ音楽《シダリーズと牧羊神》はピエルネの代表作と称され、冒頭の「小牧神の入場」が教科書に載るほど知られていたが、組曲の形で聴ける機会はごく稀(小生はこの曲をジャン・フルネがN響を振ったのをTVで観て知った)。マルティノンは実演でもピエルネを取り上げており、当時(たしか1970年の)「プラハの春」音楽祭で手兵を率いて《シダリーズ》第一組曲を披露していたと記憶する。
ピエルネの凡庸な音楽性に些か鼻白むものの、こうした曲でも手抜きを一切せず、それなりに面白く聴かせてしまうマルティノンの手腕には感心させられる。
ピエルネの録音セッションの合間にランドフスキの第二ピアノ協奏曲(1963)が挟まれているのは、前年末に録音済だった同人の第二交響曲(1963)と組み合わせる目論みだったのだろう。マルセル・ランドフスキ(1915~1999)はマルティノンの五歳年下だが、当時すでに文化大臣マルローのもとで仏音楽界を統括する権限を有し、国立オーケストラの人事権も握っていた筈だから、彼のアルバムが編まれる背景には多分に迎合的・追従的な意味合いがあったかと推察される。云ってみれば旧ソ連におけるフレンニコフに似通った存在か。
音楽的にはオネゲルの流れを汲み、調性の枠内で錯雑した音楽を目指す守旧派ということになろう。作曲家としてはマルティノンに近い立場だったからか、安定感のある正統的な演奏だ。二曲とも恐らく世界初録音で、その後も再録音されていないと思う。さすがに日本盤はLPでもCDでも出なかったから、こうしてボックス・セットに収まったのは難有い。まあ繰り返し聴くことは今後なさそうだが。