耶蘇教徒ではないのだから降誕祭を心して祝うこともないが、それでもこの季節にはなにやら敬虔な音楽が聴きたくなるのは単なる習慣か、条件反射のたぐいなのか。ただし今年は服喪期間にあるような心持ちなので、バッハの「クリスマス・オラトリオ」やヘンデルの「メサイア」は悦ばしい祝祭的気分が濃すぎて、まだ聴く気にならない。オネゲルの「クリスマス・カンタータ」ならばどうか。焼跡の荒涼たる風景のなかで一筋の希望を見出す音楽すら、今のような時代には楽観的に過ぎて響くかもしれない。そう思うと暗澹たる気持ちになる。
そんなことをつらつら考え、あれこれ逡巡した末に耳を傾けたのはこの音楽だ。
"British Composers -- Delius: Requiem, Idyll, etc."
ディーリアス:
レクイエム*
牧歌(かつて私は雑踏の街を通り過ぎた)**
日の出前の歌***
告別の歌****
ソプラノ/ヘザー・ハーパー* **
バリトン/ジョン・シャーリー=クァーク* **
メレディス・デイヴィス指揮* **
マルコム・サージェント卿指揮*** ****
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
ロイヤル合唱協会* ****1968年2月19~21日*、21日**、ロンドン、キングズウェイ・ホール
1965年3月2日***、1964年4月22、23日****、
ロンドン、アビー・ロード、第一スタジオ
EMI CDZ 5 75293 2 (2002)
→アルバム・カヴァーディーリアスの「レクイエム」はコントロヴァーシャル(物議を醸す、賛否が分かれる)作品である。むしろ、しばしば敵意をもたれた作品というほうがいい。彼の数ある声楽入り管弦楽曲のうち最も演奏機会に恵まれない作品だろう。1922年アルバート・コーツが初演指揮して以来、英国では1965年まで一度も再演されなかったというから不人気のほどが察せられよう。ディーリアスの熱烈な支援者だったトマス・ビーチャムはこの「レクイエム」を嫌悪し、生涯ただの一度も指揮しなかったし、忠実な使徒エリック・フェンビーもこの曲を長いこと忌避していた。
どうしてそうなったか。かくも嫌われ、避けられてきた理由は概ね想像がつく。
ディーリアスは筋金入りの無神論者であり、伝統的な典礼=宗教音楽を毛嫌いしていた。にもかかわらず、彼がレクイエム=死者のためのミサ曲を書いた真意はよくわからない。ただし、この作品はあらゆる点で破格な非キリスト教的な作品であり、従来のラテン語の典礼文(キリエ、オッフェルトリウム、サンクトゥスなど)を一切用いず、ニーチェやショーペンハウアーの影響を滲ませた独自の歌詞(英語もしくはドイツ語)に附曲した五つの部分からなる。
刊行譜には作詞者名は明記されないが、今日ではドイツ系ユダヤ人ハインリヒ・ジモン Heinrich Simon なる人物が手がけたものとされる。
ディーリアスはこのジャンルでの前作「生のミサ A Mass of Life」(1905)でも古来のミサ典礼文には一顧だにせず、ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』から抜粋した歌詞を自作していたから、このレクイエムの内容についても予め独自の構想を抱いていたに違いなく、ジモンの歌詞はその強い意向を受けて作成されたものと考えて間違いあるまい。
敬虔なキリスト者だったビーチャム卿やフェンビーを震撼させ、強い嫌悪感を抱かせたのは、このレクイエムの第二曲だったかと推察される。その部分の英詞と邦訳を掲げよう(翻訳/南條竹則、出典=東芝EMIの初出LP)。
Chorus
┌Hallelujah!
└Allah, il Allah.
Baritone solo
And the highways of earth are full of cries;
the ways of the earth bring forth gods and idols.
Whoso a-while regards them turns from them,
and keeps apart from all men;
for fame and its glories seem but idle nothings.
(and Chorus)
For all who are living know that Death is coming,
but at the touch of Death lose knowledge of
all things, nor can they have any part in the
ways and doings of men on the earth where
they were.
Baritone solo
Therefore eat thy bread in gladness
and lift up thy heart and rejoice in thy wine,
and take to thyself some woman whom thou
lovest, and enjoy life.
What task so e'er be thine, work with a will,
For thou shalt know none of these things,
when thou comest to thy journey's end.
...
合唱
┌ハレルヤ!
└アッラー、イル・アッラー!
バリトン・ソロ
かくて地上の大路(おおじ)は叫びにあふれ、
土地土地の習いが、神々や偶像を生む。
しばしそれらに縋(すが)った者も、やがて背を向け、
ずべての人間たちから遠ざかる。
名も誉(ほま)れも無益のものとしか見えぬが故に。
(合唱入る)
何故なら生ある者は皆、死の来ることを知っているが、
死の手に触れられるや、知恵はことごとく失せ、
今まで居た地上の人の営為(いとなみ)に加わることも
もはや出来ない。
バリトン・ソロ
さればこそ、喜んでパンを食せよ、
意気を掲げ、酒に浮かれ、
誰か愛する女を嫁り、
生を享(たの)しめ。
何の仕事であろうとも、一心に働け。
汝の旅の行先に着けば
こうしたもののどれひとつ、知ることはあるまい。
・・・
冒頭いきなりコーラス全員が声を限りと合唱する。その歌詞が凄まじい。女声が「ハレルヤ!」と叫ぶのに合わせ、男声が「アラー、イル・アラー!」と絶叫する。キリスト教徒(あるいはユダヤ教徒)とイスラム教徒が同時に神を讃えるのだ。西洋音楽史上こんな趣向は前代未聞であり、この一節のみでも周囲の者たちを恐懼させ、たじろがせるのに充分だった。
しかもそれに続く歌詞は、「死の手に触れられるや、知恵はことごとく失せ」と死後の世界を否定し、「喜んでパンの食せよ」「生を享しめ」と現世を断固として肯定する。これには敬虔なクリスチャンのみならず、従順なムスリムをも震撼させずにはおかなかったろう。あらゆる宗教に与しない無神論者ディーリアスの真骨頂を示す音楽と称すべきか。冒瀆的と呼ぶべきかもしれない。作曲中の仮題はズバリ「異教のレクイエム Pagan Requiem」だったそうだ。
とはいうものの、ディーリアスの死生観は決してペシミスティックな瞑想に留まらず、後半部分ではむしろ肯定的な色彩を帯びている。レクイエムの終盤で独唱者と合唱は以下のように謳い上げて全曲を締め括る、
永遠(とこしえ)の新たな芽生え、
地上のものはすべて帰り来る。[・・・]春、夏、秋、そして冬が過ぎ、
やがてまた春が訪れる──
新しい春が訪れる。この万物流転、永劫回帰の発想は、マーラーの《大地の歌》に酷似している。偶然の一致かもしれないし、なんらかの影響関係を認める向きもあるようだが、一言で云うならこれが前世紀末~新世紀初頭の時代精神の発露なのであろう。
メレディス・デイヴィス指揮による「レクイエム」は世界初録音。初出LP(
→これ)では裏面が「牧歌 Idyll」だったが、小生が1971年に買い求めた英盤はひどく反り返っていて、まともにターンテーブルに乗らなかった。だからこの覆刻CDで心安んじて音楽に集中できるのが嬉しく、申し分ない名演と思った。「牧歌」はジョン・バルビローリ卿の名盤には及ばないものの、これはこれで秀逸な演奏だろう。フィルアップされたマルコム・サージェント指揮の二曲も掬すべき秀演。
うろ覚えの記憶で恐縮だが、EMIはたしかサージェント卿の指揮で「レクイエム」と「牧歌」を収録する心づもりだったところ、卿の逝去により急遽M・デイヴィスに白羽の矢が立った──のではなかったか。因みに「告別の歌 Songs of Farewell」はかつてサージェント自身が世界初演(1932)を振った所縁のある演目である。