今や大手レコード会社ですらが経営難に苦しみ、崖っぷちの危機的状況に見舞われている。1990年代のCD全盛期に鎬を競い合い、果敢にレパートリー開拓に邁進した群小レーベルの殆どはすでに活動を停止してしまった。
フランスならAdès, Accord, fnac, Pierre Verany, Valois, ドイツならKoch Schwann と Capriccio, スイスならClaves, イギリスならばCollins, Conifer, Unicorn-Kanchana... 往時をリアルタイムで知る小生らの世代がいなくなってしまうと、そんなレーベルがかつて存在したことすら忘れ去られてしまいそうだ。栄枯盛衰は世の習いとはいえ、跡形もなく消滅するなんて酷過ぎはしないか。
英国のインディペンデントの雄として気を吐いた ASV(Academy Sound and Vision)もそうした忘却の彼方に沈みつつあるレーベルだ。1990年代、イギリス音楽を中心に、幅広いレパートリーを誇っていたが、2007年(だったと思う)大手ユニヴァーサルに吸収される形であえなく廃業に追い込まれた。
だから小生はこのレーベルの中古CDを努めて買うようにしている。いずれ探せなくなることが明らかだからだ。そんな意味も込め、そっと小声で紹介するのは、以下のような知られざる英国音楽アルバムだ。
"Finzi & Stanford: Clarinet Concertos -- Emma Johnson"
フィンジ:
クラリネットと弦楽のための協奏曲 ハ短調 作品31*
五つのバガテル 作品23**
スタンフォード:
クラリネット協奏曲 イ短調 作品80***
三つの間奏曲 作品13****
クラリネット/エマ・ジョンソン
チャールズ・グローヴズ卿指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団* **
ピアノ/マルコム・マルティノー** ****1992年(?)、ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホール
ASV CD DCA 787 (1992)
→アルバム・カヴァー小生のイギリス音楽に関する見聞は偏っていて、エルガーやディーリアスは人並みに知っているが、アイアランド、バックス、フィンジ、モーランなどについてはごく乏しい知見しかない。今年になってBBC Radio3 の番組でたまたま実演を聴いて、フィンジのクラリネット協奏曲の素晴らしさを初めて体得した次第である。20世紀にこの楽器のために書かれた協奏作品中で屈指の名作だろう。
そのあとたまたま手にしたのがこのCD。同曲を含め、フィンジとスタンフォードのクラリネットのための作品、それも協奏曲とピアノ伴奏による室内楽とを対で組み合わせた、なかなか重宝で気のきいたアルバムなのだ。演奏は極上である。英国を代表する名手ジョンソンの妙技もさることながら、グローヴズ卿の伴奏指揮も、マルティノーの伴奏指揮も、申し分なく行き届いた秀逸なもの。これが六百円也で手に入るとは申し訳ないほどだ。
エマ・ジョンソン嬢はASVレーベルの看板アーティストだった。このレーベルからはモーツァルト、ウェーバーから現代に至る古今のクラリネット作品を集めたアルバムが十数枚あった筈だが、撤退とともにすべて廃盤の憂き目を見た。ひどい話だが、それが現代という時代なのだ。小生が中古レコード店の棚に虎視眈々と目を光らせる理由がわかるだろう。ラストチャンスなのだ。