今年もいつもどおり悠々自適の生活を愉しむつもりが、思いがけず大論文に取り組む羽目になった。年明け早々から資料調査に取りかかり、夏には老骨に鞭打つように執筆に勤しんだ。その成果がようやく活字になった。標題は「大田黒元雄の観た『露西亜舞踊』──パヴロワ、ニジンスキー、バレエ・リュス」。1913年から14年夏にかけて、ロンドンで留学生活を送った大田黒元雄(二十~二十一歳)の目くるめくバレエ体験を実証的に跡づけた内容だ。
昨秋、早稲田の研究会「桑野塾」でこのテーマについて気楽にしゃべったところ、たまたま出席された国立新美術館の本橋弥生さんが「ぜひ文章にまとめるといい」と強く薦めてくださったものだ。本橋さんは同館で昨夏「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」(
→そのレヴュー)を担当された真摯な学芸員である。
収載誌は同館の研究誌『国立新美術館研究紀要』第二号というもの。ずしりと持ち重りする堂々たる厚冊で三百六十頁もある。目次をみると、同館の若手スタッフの意欲的な論文(査読付き)、館内外の研究者たちの専門的な評論・エッセイがずらり。全部で四十本ほどが並ぶさまはまさに壮観だ。本橋さんの後押しで末席を汚すように加えてもらったものの、自己流で書いた拙論は場違いなこと甚だしく、なんともはや汗顔の至り。おまけに「400字詰め原稿用紙で五十枚」という字数制限を大幅に逸脱し、註を含めて百四十枚も書いてしまい、図々しくも四十頁を占有していて余計に肩身が狭いのだ。
それはともかく、この研究誌には同館館長の青木保さんのエドワード・ホッパー論、副館長の南雄介さんによる河原温の初期作品の考察をはじめ、コミック研究家の小野耕世さんの「田川水泡とロボット」、千葉大の鴻野わか菜さんによるイリヤ&エミリア・カバコフ論など、読み応えのある力作論文が目白押し。冬休みの課題図書よろしく、当分この一冊を座右に置いて愉しく勉強できそうだ。
なお同誌はどうやら非売品らしいが、国立新美術館に併設された「アートライブラリー」に架蔵されているから、そこで自由に閲覧できるだろう。