折角なのでもう一枚、フランス近代物アルバムを聴いてみよう。滅多に見かけないこのディスク、おおかた新宿か御茶ノ水の中古盤屋かと思うのだが、いつどこで見つけたのかは忘れてしまった。愛聴盤というほどではないけれど、年に一度位は思い出したように棚の奥から引っ張り出して聴いている。
"Sonatines françaises pour le piano (1905-1930)"
サティ:
官僚的ソナチネ (1917)
アーン:
ソナチネ ハ長調 (1907)
ケックラン:
ソナチネ 作品59-5 (1917~18)
オーリック:
ソナチネ (1922)
タンスマン:
大西洋横断ソナチネ (1930)
ルーセル:
ソナチネ 作品16 (1922)
ラヴェル:
ソナチネ (1905)
ピアノ/ダニエル・ブルメンタール1989年(?)、ヒルフェルスム、VARAスタジオ
Cybelia CY 849 (1989)
→アルバム・カヴァー冒頭いきなりクレメンティ、と思いきや
サティのソナチネだという。彼ならではのウィッティな諧謔音楽なのである。
それにしてもフランス近代のソナチネだけでアルバムを創ろうと考えた智慧者は誰なのか。奏者
ダニエル・ブルメンタールには別に本流の「ソナチネ・アルバム」CDもあるそうなので、あるいは彼の発案かもしれない。どれもこれも数分から十数分の小品ばかりなのに、すっきりしたフォルムを備え、それでいて作者ごとの個性も歴然。20世紀初頭の仏蘭西ピアノ音楽アンソロジー(波蘭人タンスマンもここでは仏人扱い)としても愉しめる。
初心者向けの平易な練習曲というイメージが拭えないソナチネというジャンルだが、作曲家たちはそれをむしろ逆手にとって擬古的なフォルムのなかに自己の音楽を巧妙に封じ込めたというところか。一般には
ラヴェルのソナチネが人口に膾炙していようが、他の曲もそれぞれに魅力たっぷり。モーツァルトへの敬意を滲ませた
レナルド・アーン、平易だが変化に富む教育的な
ケックラン、六人組の面目躍如たる洒落た
オーリック(初演者はジャン・ヴィエネールとか)、ソナチネながら難度の高い技巧と堂々たる形式感を籠めた
ルーセル。
とりわけ「フォックストロット」「ブルーズ」「チャールストン」の三楽章からなるジャズ風味たっぷりの
タンスマンのソナチネには脱帽だ。「トランスアトランティック」とはなるほど云い得て妙。
ところで小生が当ディスクを手にした本当の理由は実のところカヴァー装画である。ここに描き出されているのは紛れもなく巴里のサン=マルタン運河の光景だ。画家の名前は
ローラン・マルセル・サリナス Laurent Marcel Salinas (1913~2010)。エジプトのアレクサンドリア出身ながら南仏に学び、アンドレ・ロートの感化を受けて穏健な作風でパリ風景をよくした由。