八月もそろそろ下旬にさしかかって暑さもめっきり和らいだ。いつまでも暑さ凌ぎでもなかろうから、これで打ち止めにする夏の音楽シリーズ。やはり殿(しんがり)はプロコフィエフと参ろう。
"Rimsky-Korsakov: The Golden Cockerel Suite,
Prokofiev: Summer Night Suite (from The Duenna)"
リムスキー=コルサコフ:
組曲《金鶏》 ~歌劇《金鶏》
■ 宮殿のドドン王
■ 戦場のドドン王
■ シェマハの女王
■ 婚礼の祝祭とドドン王の哀れな最期
プロコフィエフ:
組曲《夏の夜》 ~歌劇《修道院での婚約》
■ 序奏
■ セレナード
■ メヌエット
■ 夢
■ 舞曲
パーヴォ・ベリルンド指揮
ボーンマス交響楽団1975年1月5、6日、サウサンプトン、ギルドホール
サウサンプトン、ギルドホール
Warner Classics [EMI] - Icon 0 19255 2 (2013, from 13CDs set)
→オリジナルLPアルバム・カヴァーベリルンドはたった一度だけ実演を聴いた。2001年初頭、旅先のペテルブルグで彼がフィルハーモニーに客演してメンデルスゾーンとシューベルトを指揮するのに遭遇した(「フィンガルの洞窟」+ヴァイオリン協奏曲+大交響曲)。全くの偶然の機会だったが、燻し銀のような音楽に心底うちのめされた。どこにも奇を衒ったところはないのに、かつて聴いたことのないような玄妙で内省的な響きがした。これは凄い指揮者だと遅蒔きながら気づいた次第である。
ベリルンドには決して少なくない録音があるが、メンデルスゾーンもシューベルトも一曲も存在しない。我々が知るのは彼のレぺルトワールのほんの一部分であり、ベリルンドは決してシベリウスのスペシャリストではないのだ・・・。
フィンランド人のベリルンドは「隣国」ロシアの音楽にも一家言あり、ショスタコーヴィチの交響曲を頻繁に指揮した(第五、六、七、八、十一番の録音が残る)が、実際はより広範にロシア音楽全般を得意としていたらしい。それを雄弁に物語るのがR=コルサコフとプロコフィエフを表裏に組み合わせたこのLPだろう。
それぞれ大変な秀演であり、ベリルンドはこれらの音楽を恐らく原曲のオペラに遡って研究していたと想像される。それほどまでに隅々までよく目の届いた周到な演奏に仕上がっている。《金鶏》はともかく、プロコフィエフの《夏の夜 Летняя ночь》は演奏される機会が稀な作品であり、これは西側での初録音だったと思う(ソ連には60年代にユーリー・アラノヴィチ指揮のLPがあった)。
組曲《夏の夜》は戦時下でプロコフィエフが作曲した嘘のように楽しい傑作オペラ《修道院での婚約 Обручение в монастыре》から、聞かせどころを抜粋したもの。同時期のバレエ《シンデレラ》もそうだが、悲惨な時代によくこれだけ上質で愉悦的な音楽が生まれたものだと舌を巻く。ベリルンドはプロコフィエフの管弦楽法の秘術を知り尽くしており、精妙かつチャーミングな響きを雰囲気たっぷりに現出させる。端倪すべからざる腕前というべきだろう。
この調子で彼が交響曲やバレエ音楽を指揮したらさぞかし素晴らしかったはずだ(2003年の記念年にBBC交響楽団を振った第二交響曲の実演は見事だった由)。これが音盤に刻まれたベリルンド唯一のプロコフィエフというのが悔やまれてならない。とまれ、これが聴けるだけでもボックス・セット十三枚組は値千金だ。