暑くて寝つけない夜のための音楽。ベルリオーズの歌曲集「夏の夜」がすぐ連想される。昨夜は何種類かのディスクを聴きながら寝たのだが、一夜明けるとありきたりな選択だと思い直し、しばし再考の末「そうだ、あれだ」と独り合点し、棚の奥から久しく聴いていない一枚を取り出す。ドーン・アップショーが1996年に出した《白い月》という歌曲アンソロジー。
"White Moon: Songs to Morpheus -- Dawn Upshaw"
ウォーロック: 眠り*
ヘンデル: 優しきモルフェウス ~《アルチェステ》**
モンテヴェルディ: 甘き忘却 ~《ポッペアの戴冠》***
クロフォード・シーガー: 白い月****
ジョゼフ・シュウォントナー: 黒いアネモネ*****
ダウランド: もう泣くな、哀しみの泉よ******
ヴィラ=ロボス: アリア ~バキアナス・ブラジレイラス 第五番*******
ジョージ・クラム: 四つの月の夜********
パーセル: 見よ、夜さえも ~《神仙女王》*********
ソプラノ/ドーン・アップショー
ピアノ/マーゴ・ギャレット* **** *****
ギター/セルジオ&オダイル・アサド*** ****** *********
オルフェウス室内管弦楽団1995年6月、ニューヨーク・シティ、ザ・ヒット・ファクトリー
Nonesuch 79364-2 (1996)
→アルバム・カヴァー副題に「(眠りの神)モルフェウスに捧げる歌たち」とあるように、夜とまどろみにまつわる歌曲アンソロジーだ。ドーン・アップショーのすべてのアルバムがそうであるように、選曲が熟考を経て選び抜かれて秀逸。バロックと現代の楽曲を併置し、両者の仲介役にウォーロックとヴィラ=ロボスの倣古作品が添えられる。それらすべての美しさといったらどうだ、ただもう、うっとり夢心地で聴き惚れるばかり。
たた茫然と流してもいいが、ブックレット掲載の歌詞を辿りながら耳を欹てると興味はさらに深まる。月明かりに照らされて赤子が眠る情景を綴った
カール・サンドバーグ詩に
ルース・クロフォード・シーガーはなんと精密で玄妙な音楽をつけたことか。明らかに琴と尺八と鼓を模した伴奏に導かれて、
ジョージ・クラムが附曲するのは
フェデリコ・ガルシア・ロルカ詩だ。国籍を超えた夜のしじま。
そして最後はヘンリー・パーセルの《神仙女王》(云うまでもなく《真夏の夜の夢》に基づくオペラ)から「夜」が自らが囁くように唄う、「騒音も心配も、疑念も絶望も、嫉妬も悪意も、ここから消え去れ」と。
ブックレット表紙と外函を飾る、月めがけて中空に梯子が掛かる不思議な画像は
ジョージア・オキーフの手になる《月への梯子》(1958、
→これ)。本作にこれ以上ふさわしいイメージは思いつかない。蓋し完璧なアルバムだ。