昨日は電車を乗り継ぎ東京西郊の大泉学園に赴いた。サッシャ・ギトリ台本、レナルド・アーン作曲のオペレッタ《おゝ、わが見知らぬ美男 Ô mon bel inconnu》の本邦初演に立ち会うのが目的だ。
第91回 コンセール・ア・ラ・メゾン
2015年6月21日(日)13:30開場 14:10開演
東京・東大泉、アトリエ・デュ・シャン
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Ô mon bel inconnu ~未だ見ぬひとよ・・・~
原作/サーシャ・ギトリ
日本語台本・日本語字幕/三橋洋子
作曲/レナルド・アーン
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プロスペール・オーベルタン(パリの帽子屋店主)/村田健司
アントワネット(プロスペールの妻)/三橋洋子
マリー=アンヌ(オーベルタン夫妻の娘)/森下奈美
フェリシー(オーベルタン家の小間使い)/丸山美樹
イラリオン・ラリュメット(プロスペールの友人)/青地英幸
グザヴィエ・ティニャルドン(帽子屋の店員)/仲俣 聡
ジャン=ポール(富裕なイスラム教徒の学生)/村田健司
ヴィクトール氏(サン=ジャン=ド=リューズの別荘主)/仲俣 聡
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ピアノ/石川真帆1933年10月5日、パリのブッフ・パリジアン座で初演。翌年1月にかけて92回上演されたのち永く再演の機会に恵まれない不遇なオペレッタである(2010年にメッス、11年にコンピエーニュで復活上演があったそうな。だが遠すぎる・・・)。それをトキオ郊外で観られるというのだから、この極東の僻地も捨てたもんぢゃない。万障繰り合わせて出向くしかなかろう。サッシャ・ギトリのオペレッタの舞台に遭遇する機会なぞ生涯で数度あるかなきか。折角なので無類のレナルド・アーン狂と自他ともに認める畏友M氏の同行をお願いした。
「コンセール・ア・ラ・メゾン」とは読んで字の如く家庭音楽会。フランス歌曲の名手である村田健司さんがご自宅で催す小さな会である。このところずっとメサジェの珍しいオペレッタの上演を続けてきて、今年に入ってから新たにアーンのオペレッタ《未だ見ぬひとよ・・・》に挑戦されている。二月にはその抜粋版を、三月にはほぼ全曲を試演し、いよいよ満を持して本邦初演に挑むのだという。
小生は前々からサッシャ・ギトリの芝居が好きで、彼がメサジェやアーンやルイ・ベーツと組んだ歌芝居にも多大な興味を抱いてきた。この《未だ見ぬひとよ・・・》はギトリが《モーツァルト》(1925)に次いでアーンと協働した第二作だが、知る人は殆どいないだろう。僅かに1971年にラディオ・フランスが放送した全曲スタジオ録音がCD化されており(Musidisc盤
→これ)、小生やM氏のような愛好家は専らこの音源でオペレッタに接してきた。とはいえ、リブレットも対訳もなしに耳だけで聴くのだから、音楽の軽妙な魅力のほかは何ひとつ理解できなかった。
案内葉書に記された主宰者の口上を引こう。
舞台は1930年代のパリ。帽子屋の店主プロスペールは、日々の退屈を紛らわすため、雑誌に文通相手募集の広告を出す。返事は131通! しかし、その中に見覚えのある封筒が2通・・・。波乱の幕開けとなった!
素性を偽った中年男の「交際求む」の広告に、よりによって実の妻と娘とが返信するという椿事に始まり、そこに野心満々の女中やら、ストーカー紛いの学生やら、無口な相談相手の友人やら、おかしな面々が加わって展開されるドタバタ喜劇。とはいえ、そこはサッシャ・ギトリの台本だから、荒唐無稽な展開のなかに身につまされるような鋭い洞察が織り込まれて侮れない。レナルド・アーンの音楽は上質なシャンパンさながら、非凡な旋律の泡を惜しげもなく炸裂させ、随所で馨しい芳香をふんだんに発散する。他愛ない笑いと上質な音楽との稀有な結合といったらいいだろうか、これぞ両大戦間のパリならではの舞台である。
今回の上演は歌唱部分は原語(邦訳字幕投影)、台詞部分は日本語というアマルガム形式なので、初めて接する者にも容易に理解できて実に嬉しい。完全上演すると二時間近い大作(ただし音楽部分は一時間ほど)を少しばかり刈り込み、いくつかの脇役を台詞だけにするなどの改変が施され、全体で一時間半ほどに纏められている。そのため女中フェリシーの愉快な歌(初演時にはアルレッティが唄った)が省かれたのは残念ではあるが、まあそれは瑕瑾に過ぎず、ギトリ=アーンの非凡な協働作業の成果を舞台上で目の当たりにできる歓びは何物にも代えがたい。上演してこそのオペレッタなのだ。
部屋の一隅にグランド・ピアノが置かれ、その周辺にちょっとした小道具を配しただけの簡素な舞台だが、出演者たちはめいめい衣裳に工夫を凝らし、役づくりも堂に入っているので、オペラティックな感興にも不足しない。歌芝居の醍醐味が横溢する素敵な舞台だった。昔パリのサン=マルタン運河に浮かぶ平底船で観た「ペニッシュ・オペラ」に勝るとも劣らぬ天晴れな企てといえよう。
いつもは十数人の参集者がこの日は何故か三十人。アトリエ兼客間は立錐の余地がないほどの汗牛充棟ぶり。出演者の熱演に圧倒されつつも、この知られざる傑作の本邦初演を心ゆくまで愉しんだ。
おまけに往時の録音をお聞かせしよう。レイラ・ベン・セディラが唄う表題曲「おゝ、見知らぬ美男 Ô mon bel inconnu」(
→これ)、パリ初演時に女中役に扮したアルレッティがユゲット・グレゴリーと二重唱した「幸せになるにはどうすべきなの? Qu'est-ce qu'il faut pour être heureux?」(
→これ)、そして最後はそのアルレッティが同じ歌を作曲者と(!)デュエットした珍しい録音(
→これ)を。