昨日の夕方、発注元から電話があり、仕上げた原稿は受理するとのこと。ただし現状を「前篇」とし、次号に「後篇」を載せる提案は却下された。その代わり、すでに既定の枚数(五十枚)に達している現状に鑑み、全体で百枚を限度として書き足しを行い、全文を一挙掲載するとのこと。願ってもない朗報だが、後半の残り五十枚をすぐに書かねばならなくなったのは相当な重荷に違いない。やっと長いトンネルを抜けたと安堵したら、またもや別のトンネルに突入してしまう心持だ。あるいはこうも云えるか。マラソンだと思って必死に山道を駆け上がって息も絶え絶えゴールしたら「これは箱根駅伝なので明日は復路を走れ」と申し渡された気分。しかもこの駅伝は往路も復路も走者は小生ひとりなのだ。孤独な長距離ランナー。
一昨日のロイヤル・オペラ・ハウスの《ラ・ボエーム》に因んだ話題をもうひとつ。上述の原稿執筆のため、往古の音楽雑誌を捲っていて、たまたま百二年前に同じコヴェント・ガーデンでこのオペラを観劇した日本人の感想を見つけた。それを書き写しておこう。1913年5月22日の記事。
廿二日の晩は再びローヤル オペラにラ ボヘメを見物する。
此のシーズンのメルバの最初の晩なので之れも大した景氣であつた、メルバが始めてロンドンで唄つたのが今から丁度廿五年前の五月なのだ相である、廿五年も保つて居るのであるから随分偉い聲に相違ない。
役割は
Mimi Mme Melba
Musetta Miss Lenora Sparkes
Rodolfo Mr. John McCormack
Marcello M. Dinh Gilly
Colline Signor Aquistapace
Schaunard Signor Pompilio Malatesta
Benoit / Alcindoro Signor Dante Zucchi
Parpignol Signor Mandelli
Conductor Signor Ettore Panizza
自分はラ ボヘメの名前丈けは始終聞いて居て其の音樂を聽くのはこれが始めてゞあつた [。] 成程プチニの名作であると聞いて居る中に感じた [。] ミュゼッタもマルセロもよく歌ふがとに角ミゝとロドルホの二人の芝居である。メルバの聲は流石に磨かれて居る。聞いて居て毫も心配が無い。
ミ キアマノ ミゝの例の歌もきれいなものだつた、マッコーマックは蓄音器で聞いて想像して居たのよりもつとずつと立派なテナーである。
第一幕の終りのミゝとの聯唱は立派な出來であつた。
第三幕にミゝがアディオ アディオと唱ふところがある、こゝのところでは實に樂に出る聲だと感心させられた。幕毎の喝采は大したものであつた。
贈られた花を舞臺に並べたら餘り多いので廣いステーヂが一面に花に成つてしまつた。メルバは其の花の中で挨拶を述べてやつと拍手が收まつた程であつた。
ネット上にこの日の告知ポスターの画像を発見したので掲げておく(
→これ)。