昨夜は自宅から歩いてオペラを観に行った。いやなに、べつだん初台や上野に引っ越したわけでなく、千葉の海浜の我が家から徒歩圏内にある映画館で、英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)のライヴ・ヴューイングが観られると聞きつけて、家人を誘っていそいそ出掛けたのだ。海岸沿いに夕日を浴びながら二十分ほど散策するとコヴェント・ガーデンに到着してしまう按配だ。
今宵の演しものは《ラ・ボエーム》。オペラは不案内だという家人も、これなら愉しめること請け合い。ただし、かく云う小生にしても、普段から「今更プッチーニなんか・・・」と公言し、このオペラも実演は1999年に巴里のバスティーユで唯一度だけ遭遇したきり。それ以来だからえらく久しぶりなのだ。
上映開始は七時からなので、映画館近くの食堂街で早めの夕食を摂ってから徐ろに入場。いつもより(前々回に日本橋で観た《マハゴニー市の興亡》、前回ここでやったバレエ《ラ・フィーユ・マル・ガルデ》よりも)格段に客席が埋まっているのは流石プッチーニの超人気作だけのことはあるわい。
ロイヤル・オペラ・ハウス 2014/15 LIVE CINEMA SEASON
ラ・ボエーム
2015年6月11日 19:00~
コヴェント・ガーデン王立歌劇場
☆
詩人ロドルフォ/ジョゼフ・カレヤ
お針子ミミ/アンナ・ネトレプコ
画家マルチェッロ/ルーカス・ミーチェム
遊び女ムゼッタ/ジェニファー・ロウリー
哲人コッリーネ/マルコ・ヴィンコ
楽士ショナール/シモーネ・デル・サーヴィオ
家主ブノワ/ジェレミー・ホワイト
参議アルチンドロ/ライランド・デイヴィス
玩具売パルピニョール/ルーク・プライス
税関吏/クリストファー・ラックナー
軍曹/ブライアン・セコウム ほか
☆
作曲/ジャーコモ・プッチーニ
台本/ジュゼッペ・ジャコーザ、ルイージ・イッリカ
原作/アンリ・ミュルジェール《ボヘミアン生活の情景》
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演出/ジョン・コプリー
美術/ジュリア・トレヴェリアン・オーマン
照明/ジョン・チャールトン
指揮/ダン・エッティンガー
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団・合唱団
ライヴ・ヴューイングの利点はその手頃な価格(三千五百円)はさておき、開演前や幕間に進行役の物知り女性の解説やスタッフ、キャストへのインタヴューが適宜うまい具合に挿入され、このオペラの内容や今回の上演意図が手際よく語られることだ。リハーサルや舞台裏の珍しい映像も流されて、初心者も事情通もどちらもが愉しめる有益な内容である。
今回の見どころは豪華な出演陣の顔ぶれもさることながら、かねて世評の高い
ジョン・コプリー演出が四十一年(!)を経て、今回いよいよ最終上演を迎えるという一事に集約されよう。放映されるのは千穐楽(6月10日)の映像だそうだ。
客席から遠望しても充分に堪能できようが、このコプリー版《ラ・ボエーム》は装置が実に手が込んでいて、大スクリーンにあらゆる細部が手に取るように映し出されると、入念な歴史映画のセットさながら、迫真のリアリティなのだ。
19世紀のパリ市井にタイムスリップしたかのように魅惑的な体験が味わえる。このオペラ(およびミュルジェールの原作)が設定された1830年代のパリ(といっても
→貧しい屋根裏部屋、
→街中のレストラン、
→町外れの市税関の三か所だが)を能うる限り忠実に再現する──演出家の強い意志が隅々まで感じ取れる。
1974年に初演されてこのかたコヴェント・ガーデンでは実に四十一年もの長きにわたり、時代考証に裏付けられたこのコプリー版が支持され、愛され続けていた。ところが昨今のオペラ界における「読み替え演出」全盛に押されるように、歴史主義に則ったリアリスティックな装置が皮肉にも「時代遅れ」にみえてしまう。今回ついにこの装置が演出ごと「引退」させられるのも、抗しきれぬ時代の趨勢なのだ。
それはそれとして、プッチーニの大甘のメロドラマなんて今更・・・と斜に構えていたところ、いざ物語が始まるともういけない。次から次へと繰り出される無尽蔵の旋律の圧倒的な力になすすべもなく、たちまちドラマの核心に惹き込まれ、あとはただうっとり聴き惚れるばかり。ロドルフォとミミが出逢って直ちに恋に落ちるあたりで、早くも涙腺が緩みっぱなしになる。参ったなあ、降参するほかない。
ロドルフォ役の
ジョゼフ・カレヤはマルタ島出身の人気歌手だそうで、コヴェント・ガーデンではこれが当たり役なのだとか。素晴らしくよく響く陽性な声だ。それに比べるとミミ役の
アンナ・ネトレプコの歌唱にはちょっと不満が残る。声そのものは申し分ないものの、些か立派すぎて楚々と病弱な佇まいに欠けるといったら無いものねだりか(
→ご両人)。この違和感は結局オペラの最後まで付きまとった。
第二幕の賑わいがいい。湧き立つような喧噪を生き生きと描くプッチーニの音楽は、どこかストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》の冒頭を彷彿とさせる。
レストランでのボヘミアン仲間の息の合ったコミカルな演技が実に秀逸。これだけアップに堪える演技派を揃えられるところも、この歌劇場の強みといえようか。《ラ・ボエーム》にはこの粒揃いのアンサンブルが不可欠だろう。
ムゼッタ役の
ジェニファー・ロウリーはコヴェント・ガーデン初登場だそうだが、姐御肌のコケットリーの表出が素晴らしい。エセル・マーマンを思わせる年増女ふうの役作りに独特の魅力がある。小生のような前期高齢者世代には半世紀近く前の「イタリア歌劇団」TV中継(1967年)で初めてこのオペラを観たときのムゼッタ──マルゲリータ・グリエルミ──の可憐な歌唱が未だに忘れがたいが、陽性で押しの強いロウリーの性格表現こそが案外19世紀前半のドミ=モンデーヌの忠実な似姿かもしれない(
→これ)。演出家の意図もどうやらその辺にありそうだ。
・・・とまあ、あれこれ考えている暇もあらばこそ、いつしか両眼からは涙が滂沱と流れ出た。隣席の家人に気取られぬよう押しとどめるのに必死の体たらく。
もうこの舞台が二度とコヴェント・ガーデンで観られないのが残念だ。
小生がたった一度オペラ・バスティーユで観た《ラ・ボエーム》は、時代設定をあえて百年ずらし、1930年代の銀幕の巴里──往年のフランス映画《巴里祭》や《北ホテル》でアレクサンドル・トローネルが設計したパリ街区──を見事に再現したものだが(ジョナサン・ミラー演出
→これ)、物語の詩と真実の表出という点では今回のコプリー版に一日の長があったようだ。ああ一度は生で観たかったと思っても後の祭り。ともあれ最終上演の実況ヴューイングに遭遇できて幸いである。
終演は十時半近く。それでもコヴェント・ガーデンから拙宅まで徒歩二十分というのが嬉しい。トッテナム・コート・ロードのホテルに歩いて帰るような塩梅だ。途中でポツリ降りだした小雨もなんだか倫敦めいて床しい。歩きながら頭のなかでは "Singin' in the Rain" ならぬ「ムゼッタのワルツ」が木霊している。