昨日はかなりの長旅を試みた。まだ終わりの来ない執筆を脇へ除けて、鞄に数冊の本を放り込むと朝十時半に自宅を出発。JRを二本、東武鉄道を二本乗り継いで二時間強。目指す足利市に着いたら午後一時を少し回っていた。
今にも降り出しそうな曇り空の下、駅の脇からトラス式の鉄橋をとぼとぼ渡ると、目指す足利市立美術館の建物が見えた。ここは十一年前「幻のロシア絵本」展が(芦屋にひき続き)催された懐かしい場所だ(芸術新潮の特集のための撮影もここでやった)。だがまずは腹拵えが先決とばかり美術館を横目に細道を左折、記憶を頼りに探し探し更に五分ほど歩くと、目指す店は裏路地にぽつんと佇んでいた。よかった、暖簾が出ている。知る人ぞ知る鰻屋「鳥伊支店」だ。
この店を教えてくれたのは美術館の江尻さんだ。鰻の味もさることながら、店主の大川さんが知る人ぞ知る現代美術コレクターで、店内にはいつも数点の素描や小品彫刻がさりげなく置かれている。ひょっとして、と思いつつ暖簾を潜ると、やっぱりそうだ、壁のそこここに若林奮の水彩小品六点が惜しみなく飾られ、ちょっとした画廊企画展の趣。ここが鰻屋なのを忘れてしまいそう。ほう、と感嘆しつつ「前にもここで若林さんの話をしました」と自己紹介。奮発して鰻重を註文。
山椒をたっぷり振りかけて美味しい鰻を賞味しながら若林作品を眺める。そんな体験ができる場所は世界中ここしかない。小一時間ほど贅沢な時間を過ごしたあと、久しぶりに足利の街を歩こうと外に出たところで無情の雨ぽつり。それでも半時間ほど鄙びた裏道を散策したら喉が渇いたので、美術館にほど近い珈琲屋で一息つく。往路の車中で読みだした平野甲賀のエッセイ集を最後まで通読。
四時になったので、少し早いけれど傘をさして美術館へ。招待日なので正面玄関は今ちょうど開いたところらしい。受付を済ませ一階の第一展示室へ。いきなり神奈川県立近代美術館の水沢館長に出くわす。この展覧会「
若林奮 飛葉と振動」は夏に葉山へも巡回するので、主催側の一人として展示を確かめに来たのだろう。足利展の担当学芸員の江尻さんにも再会のご挨拶、無沙汰を詫びる。
この美術館に来るのも久しぶりなら、若林作品に対面するのも久々である。前回はまだ美術館に奉職していた頃、自分の企画で小さな若林展をやった(「
若林奮 振動尺をめぐって」2003年1月2日~3月23日、川村記念美術館)そのとき以来なのだから、実に十二年ぶり。すでに退職を決め、最後の仕事のつもりで心して取り組んだ展覧会だが、若林さんは会期終了後わずか半年で亡くなられてしまい、ご自身も生涯の代表作を最後に目にする機会となってしまった。お通夜に伺ったとき(ひどい雨降りだったと記憶する)哀しくて言葉も出なかった。
それ以来、なんだか胸ふさぐ思いがして、何度かあった若林展の開催を知りつつ意図的に見逃してしまった。センチメンタルな性分がお恥ずかしいが、冷静な気持ちで作品と向き合うのが難しかったのである。爾来十年余が経過し、もう喪が明けた、観に行くべしとの天の声を耳にしたように足利まで出向いた。
この展覧会は初期から最晩年までの作品を包含する回顧展の体裁をとり、その点では2002年に豊田市美術館で観た生前最後の大回顧展に続くものなのだが、これまでにない「庭」に焦点を当てた内容なのだという。
そう予め知らされてちょっと身構える。小生にとってまだまだ謎の多い若林作品のなかでも、とりわけ捉えどころがなく不可思議で謎めいているのが、庭をめぐる一連の大作群だからだ。そのなかには複数の彫刻を組み合わせた概念的な「庭」のインスタレーションもあれば、依頼されて何か所かで挑んだ大自然のなかの実際の庭もある。前者はきわめて晦渋、後者は現地を殆ど観ていない。うわあ苦手だなあ、と怯む気持ちが沸き起こる。だからこそ観なければならない、という思いとが展覧会を観る前から自分の心のなかで葛藤している。
一階の第一室は「庭への予兆」と題され、1960年代の初期作品から「振動尺」へと収斂する70年代の探求を辿るオーソドックスな回顧展の趣。最初期の掌サイズの木彫はどれも初めて観る。これら魅惑的な小品を手がかりに、同時期の《残り元素》《犬から出る水蒸気》など謎めいた作品群(いつも鎌倉の美術館の中庭で「見捨てられていた」作品も修復され面目を一新)を観るといろいろ新鮮な発見あり。名状しがたい禍々しさを孕む手ごわい作品群に少しは近づけたかな? この時期から若林作品にはしきりに犬が登場する。犬とは見知らぬ自然が若林さんに向けてふと覗かせた親しい顔のことなのだろう。
そのあと若林さんは70年代前半のフランス滞在で旧石器時代人の遺跡で衝撃を受け、折り重なる地層や草地、彼方の山並など風景の探索へと向かう。彫刻家にとって異例の試みというべきだろう。そして「見ること」の意味を極める困難な模索へと突き進んでいく。《振動尺試作》と題されたいくつもの棒状の作品がその証なのだが、今回の展示ではそのあたりはさらり触れる程度。あの決定的な五本の《振動尺》(川村記念美術館)は出品されていない。
それにしても若林作品の展示は難しい。十三年前の回顧展でも痛感したのだが、会場面積に比して作品が多いと、どうしても混みすぎの印象が否めず、個々の作品がそれぞれ独自の磁場を形成し、互いに共振しあう性質でないため、展示空間が混濁してしまう。少しでも多くの作品を見せたいという意図が裏目に出たか。
そうした微かな疑念や違和感を払拭したのが二階の二部屋の展示である。階段を上がりきったところで右と左に展示室がちらと姿を覗かせた瞬間、「おゝ」と感嘆の声を挙げそうになった。
(まだ書きかけ)