この季節では珍しく、ちょっと吃驚するくらい暖かい一日。この界隈では十三度、東京では十六度以上になったという。近所の公園に出向いたら、紅梅も白梅も蕾がほころんで、あちこちで開花が始まっている。昨日ここを散歩した家人の話だと、そのときはまだ一、二輪だけだった由。今日の陽気につられて、いきなり咲き出したのだろう。ただし予報では明日から再び寒波の来襲だそうだ。
さてナイトキャップ代わりに今宵はこれを聴こう。ナチスの脅威を逃れて渡米した東欧の作曲家、といってもバルトークではなく、マルチヌーだ。
"Martinů: Double Concerto, Rhapsody Concerto"
マルチヌー:
二群の弦楽合奏、ピアノ、ティンパニのための二重協奏曲 (1938)*
ピアノと小管弦楽のためのシンフォニエッタ・ジョコーサ (1940)**
ヴィオラと管弦楽のための協奏狂詩曲 (1952)***
ピアノ/イジー・スコヴァイサ*
チャールズ・マッケラス卿指揮
ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団*
ピアノ/デニス・ヘニッグ**
チャールズ・マッケラス卿指揮
オーストラリア室内管弦楽団**
ヴィオラ/リヴカ・ゴラーニ***
ペーター・マーク指揮
ベルン交響楽団***1990年10月、ブルノ*、
1988年12月、シドニー歌劇場コンサート・ホール**、
1986年8月、ベルン、クルトゥーア=カジノ***
Conifer 51210 2 (1992)
→アルバム・カヴァーLP時代の
ボフスラフ・マルチヌー(当時の表記はマルティヌー 1890~1959)は、いくつかの室内楽と管弦楽曲「ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画」位しか聴けない地味な存在だったのだが、いつの間にか数知れぬディスクが汗牛充棟。もともと各ジャンルにわたる多作な作曲家だったのだ。
そうなると却って、どれから聴いたらいいのか迷ってしまう。なにしろオペラが十六、バレエが十五、交響曲だけでも六曲もあるのだから。今では驚くほど多種多様な作品が録音で手に入る。贅沢な選り取り見取り状態。
という次第で、手始めに聴くのはこれ。時代と作風を異にする協奏曲を三つ続けざまに味わえる重宝な一枚。録音場所がブルノ、シドニー、ベルンとまちまちなのは、もともと別のカップリングで出た三曲を一緒にしたコンピレーションだからだ。
最初の複協奏曲は、その編成と作風から二年前のバルトーク「弦楽、打楽器、チェレスタのための音楽」が容易に連想されよう。それもその筈、この作品もまた大富豪の指揮者
パウル・ザッハーと、彼のバーゼル室内管弦楽団のために書かれたものだ。バロック期のコンチェルト・グロッソを模した形式と、緊迫した時代を反映した不穏な曲想が素晴らしく合致した「知られざる傑作」。
このあと作曲家はドイツによるチェコスロヴァキア併合を逃れてフランスへ、米国へと亡命を重ねるが、その放浪のさなかに書かれたのが次の「シンフォニエッタ・ジョコーサ」。実質的にはピアノ協奏曲だが、作曲者を取り巻く不安な状況とは裏腹に「快活な小交響曲」と題されているのが皮肉めいている。同じ運命に見舞われたチェコ生まれの女性ピアニスト、
ジェルメーヌ・ルルー(戦後すぐ来日したから往時の愛好家には親しい名だ)のために書かれ、彼女の手でカーネギー・ホールで初演された由。四楽章形式、新古典主義風の明快にして瀟洒な音楽だ。附言すると、以上二曲でのマッケラスの指揮は確信に満ちた立派なもの。
最後の「ラプソディ=コンチェルト」も初めて聴く。二楽章のみの破格な協奏作品であり、些か摑みどころのない音楽だが、そこはかとなく郷愁が漂う。共産主義政権の樹立により祖国への帰還を断念したマルチヌーの複雑な思いを感じ取ることも可能だろう。
リヴカ・ゴラーニの独奏は例によって濃厚な歌に溢れたもの。元々のアルバムではダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」との不似合なカップリングだったらしいので、本盤に再録されて収まりどころを得た形である。