一週間前に遅れ馳せながら成田山に初詣に出向いた。平日にもかかわらず相当に賑わっていて、境内は云うに及ばず参道の飲食店も混み合っていた。暖かい日だったのだが、人混みに揉まれたのが災いしたのだろう、その翌日から微熱と喉の痛みに悩まされた。慌てて服用した風邪薬もなかなか効かず、寝たり起きたりの一週間。その間に耳を覆いたくなるニュースにひどく心かき乱され、頼まれた書評の執筆は、ごく短いものなのにとうとう期限を過ぎてしまい、今しがたようやく仕上がった。首尾はいかに──それは自分でもまだ判らない。
そんな次第で、まだ暗闇に留まっているような塩梅ながら、少しずつ日常を取り戻さねばなるまい。こういう心理状態のとき、バルトークはやはり胸に沁みる。
"Bartók - Serly: Viola Concertos -- Rivka Golani"
バルトーク(シェルイ補筆):
ヴィオラ協奏曲*
シェルイ:
ヴィオラ協奏曲*
ヴィオラと管弦楽のための狂詩曲*
バルトーク:
ハンガリー農民の歌(バルトーク編)
スロヴァキア民謡による三つのロンド(ドラーティ編)
ヴィオラ/リヴカ・ゴラーニ*
アンドラーシュ・リゲティ指揮
ブダペスト交響楽団1990年1月28日~2月1日、ブダペシュト、イタリア研究所ホール
Conifer CDCF 189 (1990)
→アルバム・カヴァーバルトークのヴィオラ協奏曲は文字どおり遺作であり、完成できぬまま未整理の草稿として遺された。それを二年以上かけて今ある形に纏め上げ、管弦楽伴奏を仕上げたのは、同じハンガリー出身のヴィオラ奏者・作曲家ティボール・シェルイ(Tibor Serly)だったのは音楽史上の常識である。
シェルイ版の協奏曲について巷間しばしば囁かれてきた疑念のうち最も代表的なものは、現在の三楽章構成における演奏時間の甚だしい不均衡だろう。本アルバムを例にとるなら、I=13:13、II=4:59、III=4:17 となり、二・三楽章を併せても第一楽章の演奏時間に遠く及ばない。なんとなく尻切れ蜻蛉というか、バランスを著しく欠いた感が否めない。研究家ポール・グリフィスの言を借りるなら、短すぎる終楽章は「
本来あるべき姿よりもずっと短くなってしまった」「
バルトークならば楽想のあれこれをさらに広汎に発展させていった可能性も充分ありそうだ」。小生もまた常々そのように感じていたし、友人にそう語ったりしていた。
ところが、なのだ。つい最近のこと、小生はバルトーク・レコーズ・ジャパンを主宰される村上泰裕さんにお願いして、1995年に公刊された同曲のバルトーク直筆草稿のファクシミリ版を送っていただいた。錯綜を極める手稿は小生のような門外漢の手に負えるものでは到底ないが、その第三葉の欄外に作曲者自身が鉛筆で「10 5 3½ / 18½」と走り書きした数字は(註釈者によれば)想定される各楽章(および曲全体)の演奏時間(分)を示したものとされ、そうなると現状の三楽章のアンバランスはバルトーク自身の原構想に端を発するということになる。
この話題はまだまだ奥が深いので後日の宿題とし、今日はバルトークとシェルイの関係を如実に示した興味深いディスクを聴こう。バルトークのヴィオラ協奏曲と、それに遡って1929年にシェルイ自身が作曲したヴィオラ協奏曲、さらに1947~48年(ということはバルトークの協奏曲の補筆完成の作業期間)に彼が書いたヴィオラを独奏とする狂詩曲の三つを並べた興味津々のアルバムだ。
ひょっとして、前にもこれを紹介したことがあるような・・・そう思って過去ログを調べたら、あった。それもなんと2011年3月16日、あの大震災の僅か五日後の記事である(
→これ)。どうやら精神的に動揺しているとき小生はバルトークに慰撫や鎮静を求めたくなるものらしい。
リヴカ・ゴラーニという奏者は音色にも歌い方にも濃厚な癖がある女性だが、本盤ではハンガリー色が丸出しのブダペシュト楽団の伴奏と相俟って、なかなか好もしい野趣を醸し出していると思う。忘れてはならない名演奏。
"Dvořák - Bartók: Cello Concertos -- Janos Starker"
ドヴォジャーク:
チェロ協奏曲
バルトーク(シェルイ補筆):
チェロ協奏曲
チェロ/ヤーノシュ・シュタルケル
レナード・スラットキン指揮
セントルイス交響楽団1990年9月28~30日、セントルイス、パウエル・シンフォニー・ホール
BMG RCA Victor 60717-2-RC (1991)
→アルバム・カヴァーお次はこれ。このアルバムも前に照会した憶えがある。ただし、その折の記事は未完成のまま放置されている。拙文をそっくり引くと、
ハンガリー出身のヤーノシュ・シュタルケルにとって、バルトークがチェロのための楽曲を遺さないまま歿したことは悔やんでも悔やみきれぬ痛恨事だったことだろう。コダーイの無伴奏チェロ・ソナタをあれだけ愛奏した彼のことだから、もしバルトークにソナタや協奏曲が存在していたら世界中で演奏して廻ったことだろう。
シュタルケルは歯がみしてひとりごちたのではないか。「もしも彼があと十年長生きしていてくれたら、俺が弾くための曲を註文できたのに、メニューインやプリムローズがそうしたように…」と。
こう書くと、なんだかシュタルケルが既存のシェルイ版ヴィオラ協奏曲を独断で無理やりチェロ協奏曲として録音したみたいだが、事実はそうでない。
バルトークの歿後、遺族から未完のヴィオラ協奏曲の補筆・完成を委ねられたあと、シェルイはそれと同時並行して、この曲のチェロ協奏曲化も企てていたのだという。その経緯をシェルイ自身の口から1950年代初頭に聞かされていたシュタルケルは、シェルイ歿後の1980年になって実際にその印刷譜と出くわした。ライナーノーツからシュタルケルの発言を引く(少し意訳)。
その楽譜が1950年代の初めに刊行されていたとは驚きだった。私の知る限り、名の通ったチェロ奏者でこれを演奏した者はひとりもいない。ここ三十年間というもの、[バルトークの] ヴィオラ協奏曲は重要なレパートリーの地位を占めている。この曲を熟知する者として、私はそのとき発見の喜びを抑えられなかった。この傑作協奏曲は、より広い音色上の可能性をもち、より表現力の勝るチェロで奏してこそ、より大きな効果を発揮するだろうから。
私の記憶では、(シェルイから聞いた話なのだが)バルトーク自身が [ヴィオラ協奏曲の] チェロ版を書こうと考えていたといい、想定した独奏者はグレゴール・ピアティゴルスキーだったらしい。結果的に [シェルイのチェロ協奏曲の] 独奏パートはヴィオラ版と九十九パーセント同一のもので、[伴奏部には] 全く同じオーケストレーションを用いている。ヴィオラとチェロの音域は重なり合う部分が大きく(ヴィオラの音域はいくつかの高音を除けばチェロで演奏可能)、シュタルケルの云うとおり、バルトークのヴィオラ協奏曲はほぼそのままチェロでも演奏できるのだ。ほんの僅か、指使いの関係で変更された音がいくつかあったものの、「それらは余程この曲に通暁した者でない限り、気づかない程度の変更」(シュタルケル)なのだそうだ。
本アルバムはそのシェルイ版「バルトークのチェロ協奏曲」の世界初録音である(実演でも世界初演はシュタルケル)。確かに漫然と聴いていると、ヴィオラ版とそっくり瓜二つの曲であり、これがオリジナルと思う人がいてもおかしくない。ただし、ヴィオラ版を聴き馴れた者にとっては、チェロの音色の野太さが少なからず違和感を醸す。同じ音高でも、響きの性質がヴィオラとチェロでは異なるのだ。
ともあれ、ヴァイオリンに較べ桁違いに少ないチェロ協奏曲のレパートリーに、この「新作」が加わった意義は小さくない。シュタルケルは初演から十年ほどの間に、十数箇所のオーケストラとこの曲で共演を果たしたうえで、いわば満を持してこの録音に臨んだに違いない。定番中の定番ドヴォジャークの協奏曲と併せての収録も、彼の並々ならぬ自信の表れだろう。
"The New York Album -- Albert - Bartók - Bloch -- Yo-Yo Ma"
スティーヴン・アルバート:
チェロ協奏曲
バルトーク(シェルイ補筆):
ヴィオラ協奏曲*
ブロッホ:
シェロモ
チェロ&アルト・ヴァイオリン*/馬友友
デイヴィッド・ジンマン指揮
ボルティモア交響楽団1993年3月6~7日、ボルティモア、ジョゼフ・マイヤーホフ・ホール
Sony SK 57 961 (1994)
→アルバム・カヴァー久しく埋もれていたシェルイ補筆版によるバルトークのチェロ協奏曲は1981年8月15日、ヤーノシュ・シュタルケルの手で世界初演された(カナダ、バンフ・フェスティヴァル)。それ以来シュタルケルはこの曲の普及に力を尽くし、1990年には上述の世界初録音も実現させたのだが、そうした動きにどうしても同調できないチェリストがいた。当代屈指のヴィルトゥオーゾ
馬友友その人である。
馬にとってはシェルイ版のチェロ協奏曲はなんとしても承服できないヴァージョンだったらしい。元々がヴィオラ用に構想された独奏部なので音域がチェロには高すぎて、演奏するのは可能だがどうにも無理がある。一度はこれを演奏・録音しようと考えたものの、やがて方針を改めた。
その代わりに馬が引っ張り出してきたのは「
アルト・ヴァイオリン(alto violin)」という見慣れぬ楽器。別名を縦型ヴィオラ(vertical viola)といい、音域的には殆どヴィオラながら、楽器の構え方はチェロと同じという代物(ぐっと縮小したチェロの趣
→これ)。米国の楽器製作者カーリーン・ハッチンズ(Carleen Hutchins)が新たに考案した八種類のヴァイオリン族の楽器のひとつである。
これだったら元のヴィオラ版そのままを変更なしに演奏できるし、チェロと奏法がほぼ同じだから、少し練習すれば難なく弾きこなせるに違いない──そう思い至った馬は、論より証拠とばかり、この史上初「アルト・ヴァイオリン」によるバルトークのヴィオラ協奏曲の録音セッションに臨んだのだ。用いられた楽譜は云うまでもなく、シェルイ補筆完成版のヴィオラ・ヴァージョンである。
さて、その首尾や如何に。これがなんとも不可解な出来なのである。ヴィオラでもなくチェロでもなく、なんとも形容しがたいニュートラルで無表情な、まるで鵺のように面妖な音がする。ヴィオラから肉声に近い暖かみを剥奪し、機敏で緻密なチェロのボウイングを加味したといったら近いか。とにかく一度も聴いたことのない奇怪な響きがする(まあ初めて聴く楽器なのだから当然か)。それでいて音程も運指も正確そのもの(馬友友なのだから当然か)なのだから始末が悪い。
それにしても馬はこの楽器に納得していたのか。アイディア倒れとはこのことだろう。バルトーク本人にはとても聴かせられない。二度と耳にしたくない演奏だ。