昨年のリヒャルト・シュトラウス生誕百五十周年は事もなく過ぎ去った。世間はともかく小生の周辺では別段これという話題もなかった。苦手意識が払拭できぬまま生演奏ひとつ聴かなかったのだ。ディスクといえば相変わらず「
四つの最後の歌 Vier letzte Lieder/ Four Last Songs」一本槍。莫迦のひとつ憶えみたいに、これのみを偏愛している。きっと一生このまま変わらないだろう。
というわけで年が改まっても同じ話題の蒸し返しで恐縮だが、このところ続けざまに蒐まった数枚をまとめて紹介しておく。いずれも近年のCDばかりである。
"Strauss: Bürger als Edelmann -- Orchesterlieder”
シュトラウス:
組曲《町人貴族》
子守唄 作品41-1
献呈 作品10-1
四つの最後の歌
明日! 作品27-4
ソプラノ/リサ・ラーション Lisa Larsson
ダグラス・ボイド指揮
ヴィンタートゥーア・ムジークコレギウム2011年9月5~9日、ヴィンタートゥーア、シュタットハウス
MDG 901 1738-6 (2012)
→アルバム・カヴァー「町人貴族」の付随音楽と「四つの最後の歌」を組み合わせた(恐らく)史上初の企て。とはいうものの三十数年を隔てた両者の音楽には共通項は殆ど感じられない。前者の小編成に合わせて、後者もかなり少人数のオーケストラで奏されているらしく、そこに本CDの新味がありそう。背後の響きが薄い分、バロック音楽が主たる領域だというリサ・ラーションはたいそう丁寧に、肌理細やかに歌っている。
"Aufbruch/ Awakening -- Songs to Poems by Hesse and Goethe"
シューマン:
歌曲集「ミニョンの歌」作品98a
シェック:
ゲーテの詩による歌曲集 作品19a
キルピネン:
ヘッセの詩による連作歌曲 作品97
シェック:
ヘッセの詩による歌曲集
シュトラウス:
四つの最後の歌
ソプラノ/ゾフィア・ブロンマー Sophia Brommer
ピアノ/アレクサンダー・シュマルツ2013年4月19~21日、ミュンヘン、バイエルン放送局スタジオ1
Oehms OC 877 (2013)
→アルバム・カヴァー近年この歌曲集をピアノ伴奏で歌ったディスクが増えているような気がする。精緻な管弦楽法が愉しめない代わり、リートとしての繊細な表現が露わになるので功罪相半ばといったところか。本盤はゲーテとヘッセの詩に焦点を合わせ、冒頭と末尾にシューマンとシュトラウス、その間にシェックとキルピネンの珍しい歌曲を挟んだ興味深い企画である。ただし、ゾフィア・ブロンマーの歌唱はいかにも固く、酔わせるところが皆無。ここまで陶酔感と無縁な「四つの最後の歌」も珍しかろう。
"Heimkehr: Wagner│Strauss"
シュトラウス:
密やかな誘い ~四つの歌 作品27
僕の頭上に拡げておくれ ~六つの歌 作品19
我慢せよ ~八つの歌 作品10
女たちは時に敬虔で物静か ~素朴な歌 作品21
明日! 作品27-4
素晴しい幻影 ~五つの歌 作品48
黄昏の夢 ~三つの歌 作品29
夜 ~八つの歌 作品10
献呈 ~八つの歌 作品10
帰郷 ~五つの歌 作品15
解き放たれて ~五つの歌 作品39
憩え、我が魂 ~四つの歌 作品27
四つの最後の歌
ワーグナー:
ヴェーゼンドンクの五つの歌
バリトン/ロマン・トレーケル Roman Trekel
ピアノ/オリファー・ポール2011年7月25~31日、ベルリン、OPS
Oehms OC 1811 (2014)
→アルバム・カヴァー同じOehmsレーベルからつい最近に出た、もうひとつのピアノ伴奏版。シュトラウスの他の歌曲、更にワーグナー「ヴェーゼンドンク歌曲集」とともに男声(バリトン)で歌われるのがミソ。ただし初の試みではなく、2005年やはり同レーベルのアルバムで
コンラート・ヤルノット(Konrad Jarnot)がバリトンで名唱を披露した顰みに倣ったのだろう。一オクターヴ下の歌唱ながら、ピアノ伴奏だと違和感は殆どなく、むしろ男声ならではの厳粛さを漂わせ、追憶と諦観が滲み出る趣。これならばもっと昔から(例えばフィッシャー=ディースカウのような)バリトンのリート歌手が採り上げて然るべきだった。「ヴェーゼンドンク」ともども実に素晴らしい聴きもの。
《R・シュトラウス:オーボエ協奏曲、4つの最後の歌》
シュトラウス:
オーボエ協奏曲*
四つの最後の歌**
八つの歌 作品10 より***
■ 献呈
■ 夜
■ 万聖節
明日! 作品27-4****
オーボエ/広田智之
アンドルー・グラムズ指揮 東京都交響楽団*
ピアノ/三輪郁** *** ****2009年10月30日、東京、サントリーホール(実況)*
2010年4月26~28日、埼玉・秩父ミューズパーク** *** ****
オクタヴィア Cryston OVCC-00078 (2010)
→アルバム・カヴァー男声による歌唱に驚いてはいられない。今度はなんとオーボエを独奏者とした「四つの最後の歌」だ。日本人奏者によるこういうディスクが出ていることは前々から気づいていたものの、なかなか中古盤で遭遇できないのと、ちょっと際物めいた(失礼!)印象とでついつい食指が伸びなかったものだ。だが聴いて吃驚、これが悪くない──どころか、シュトラウスの旋律線の綾を丁寧に辿った秀演なのである。同じく最晩年のオーボエ協奏曲の実況録音とこの「オーボエ版」とをアルバムで組み合わせる秀逸なアイディア(広田さんご自身の発案)には座布団十枚!
《フラーリッシュ・イターナリー Flourish Eternally》
レーガー: ロマンス
マスカーニ: アヴェ・マリア ~《田舎の騎士道》
クライスラー: プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ
バッハ: 愛するイエスよ我らここにあり BWV731
フランク: 天使の麺麭
ショスタコーヴィチ: ロマンス ~《馬虻》
サン=サーンス: 祈り
バッハ: 我ら汝を讃え ~ミサ曲 ロ短調
ヴェルディ: 抜粋曲 ~《運命の力》第二幕
ゲイブリエル: 一羽の雀
ジャゾット: アルビノーニのアダージョ
バッハ: 愛するイエスよ我らここにあり BWV706
伝バッハ: 貴方が傍におられれば ~シェメッリ歌曲集
アダン: おお聖なる夜
シュトラウス: 眠りに就こうとして ~四つの最後の歌
マロット: 主の祈り
ヴァイオリン/篠崎史紀
オルガン/アントニー・フロガット Anthony Froggatt2007年7月9~12日、オックスフォード、マグダレン・チャペル
EMIミュージック Akane-1017 (2007)
→アルバム・カヴァーオーボエ&ピアノ版が赦されるのならば、ヴァイオリン&オルガン版だって一向に構うまい。少なくとも「眠りに就こうとして」は元の歌曲集のオーケストレーションでもヴァイオリン独奏が肝要な役割を果たしているのだから。ライナーノーツによると、この小品アンソロジー・アルバムにこれを含めたのは篠崎氏ご自身の切望からだという。在京楽団のコンサートマスターとしては当然至極のリクエストだろう。ただしアレンジ(フロガット編)は必ずしも上乗の出来映えとは云えないのが残念。
という次第で、「四つの最後の歌」本来の姿からはやや外れるものの、どれも興味深く聴いた。ちょっと数えてみたら、拙コレクションのなかでこれらCDは通算して百八~百十二枚目に該当するらしい。全くもって病膏肓に入るとはこのことだ。
■ 参考記事
→四つの最後の歌 ディスコグラフィ =1 (1950~1970)
→四つの最後の歌 ディスコグラフィ =2 (1971~1990)
→四つの最後の歌 ディスコグラフィ =3 (1991~2000)
→四つの最後の歌 ディスコグラフィ =4 (2001~2010)
→四つの最後の歌 ディスコグラフィ =5 (2011~ )