雲ひとつない夕暮時、西の水平線に富士山のシルエットがくっきり見える。ふと目に留まったのだが左上方に明るく輝く星がポツリ。ははあ宵の明星だなと見当をつけ、もっとよく見ようと双眼鏡で観察すると、そのすぐ右下に、ほの暗く煌めくもうひとつの星を発見した。おや、と訝しく思う。こんな方角には他に目立った星は無い筈なのだが・・・。途端に胸騒ぎがする。ひょっとしてこれは・・・。
調べてみると、おゝやっぱりそうだ。間違いなくこれは水星だ。ここのサイトに簡にして要を得た説明がある(
→2015年1月中旬 水星と金星が大接近)。
驚いたなあ、六十余年も生きてきて、水星をこの目で見たのは初めてなのだ。惑星のなかで最も内側を公転しているため、太陽との間隔がきわめて近く、夕方か明け方にごく短時間、地平線のすぐ近くに辛うじて見えるだけの存在だ。
遠い昔いっぱしの天文マニアだった小生も、これまで水星を拝んだことは一度もなかった。うろ覚えだが、あのコペルニクスですらが、生涯で一度も水星を見る機会に恵まれなかったのではないか。
今も手元にある小学生時代のわがバイブル、野尻抱影の子供向け名著『
天体と宇宙』(偕成社、1962)を繙いてみると、確かにそう記されているではないか。
この水星を一生見ずに終る人は少くない。コペルニクスでさえ、見ずじまいだったのを嘆いたという話は有名である。[原文は総ルビ]文章はさらにこう続いている。
しかし、東・西の最大離角は二十八度になるので、天文台の暦象年表を調べて、この時をのがさなければ決して見られぬことはない。その時に日の入り後一時間ごろ、西の地平線を見ると、日没点のほとんど真上にオレンジ色の一等星級の光がまたたいている。三日月が近くに出ていれば、いっそう印象的に見えるだろう。西方離角の時も同じように日出点の真上をさがせばいい。あゝ、偉大なるかな野尻抱影! あなたのこの一文は半ズボンを穿いた天文少年の好奇心をいたく掻き立て、半世紀を隔てた今日、ようやく水星をこの目で望見する素晴らしい機会を与えてくれたのである。