海辺でひっそり隠者さながらに暮らす初老の閑暇人にも師走の風は容赦なく吹いてくる。慌ただしくも心躍る週末を備忘録ふうに書き留めておこう。
12月12日(金)
あれよあれよという間に忘年会の季節と相成った。今年もまた旧友たちが一堂に会し、飲食談笑しつつ互いの無事を確かめあう。例に拠って発起人
Boeがウィーンから一時帰国する時期に合わせ、この日の開催を一か月以上も前から決めていたのだが、師走ど真ん中の金曜日とあって、新宿界隈どこの酒場でも予約が殺到し、幹事役でもあるBoeはさぞかし席の確保に苦労したことと思う。
今年も年末恒例の「蕎麦ツアー」を兼ねることとし、まずは午後三時から一軒目の蕎麦屋、五時から二軒目の蕎麦屋、そして七時からは居酒屋に河岸を移していよいよ本番の忘年会、という三段構えで賑々しく開催される。平日とて参集者の大半は終業後めいめい職場から馳せ参じるのだろうが、毎日が日曜日で暇を持て余す小生は最初から最後までずっと居続けることが可能である。
少し早めに新宿に着いたので、久しぶりに南口近くの
タワーレコードに立ち寄って新譜をあれこれ物色。目ぼしい収穫もないまま半時間ほどして辞去しようとしたら、思いがけず売場の一隅に年代物の立派なジュークボックスを発見(
→これ)。なんと、昨年末に卒然と去った
大瀧詠一の遺愛の品なのだという。そういえば確かに写真で観た憶えがある(
→これ)。ずらり並んだ選択ボタンにはそれぞれ愛聴曲名が色褪せつつも手書きされていて、ロネッツやハーマンズ・ハーミッツなどの楽曲と共に、右上の目立つ場所に「シュガーベイブ ダウンタウン/いつも通り」とあるのを見て、思わずホロリとした。これこそ彼が自らのナイアガラ・レーベルからリリースした思い出の初シングル盤(
→これ)だからだ。
別のフロアの展示ケースには彼が大切にしていたシャツ(
→これ)が麗々しく飾られていた。熱心なファンなら知っていようが、アルバム「ナイアガラ・ムーン」再発のたびに裏ジャケで着用して被写体となった愛用の一品なのである(
→これ)。
そんな懐旧の情にしばし耽っていたら、いかんいかん、時刻はもう三時に迫っている。慌ててエレヴェーターで地上に戻ると、新宿駅南口前を小走りに西側へ抜けて、ヨドバシカメラの裏手に犇めく飲食店街へ。目指す店はこの八月に「蕎麦ツアー」で体験済の手打ち蕎麦屋「
渡邊」である。少し迷って十分ほど遅刻して到着、すでに
びわこと
あきらのご両人(三十数年前の八ミリ映画の主演女優と監督)が二人してメニューを開いているところだった。やがて
Boeも加わったので、まずは蕎麦焼酎の熱燗で四か月ぶりの再会を祝す。奇しくも四か月前この店に集ったのと全く同じ顔ぶれである。
酒のアテにとメニューから各自が註文した肴──板わさ、鶉卵の味噌漬、鴨肉入り焼き味噌など──がどれもこれも凝った品ばかり。板わさも皿に練り山葵を添えるのではなく、厚切りの蒲鉾に切れ目を入れ、間に山葵漬を挟み込んであるなど、ひと手間が加わった美味しさなのだ。
酒とツマミをちびちび賞味し、四方山話に花を咲かせるうち、所定の一時間半はあっという間に過ぎ去った。結局ここでは蕎麦を食さぬまま辞去し、南口の高島屋へと向かう。すでに周囲はほの暗く、途中のクリスマス照明が美しく目に映えた。ちっとも寒く感じないのは熱燗が体内を巡っているせいだろうか。
エレヴェーターで上階の食堂街へ。約束の五時はもうすぐだ。前回は十四階の「布屋太兵衛」だったのだが、「もう一軒あるぞ」という
Boeの提案で十三階の総本家「
小松庵」にした。途中に硝子張の喫煙室があったので愛煙家
のびわこ、
あきら、小生は立ち寄って一服。
あきらは例によって貰い煙草である。
数分して「小松庵」の暖簾を潜ると、先着の
Boeがチャーミングな女性と愉しげに話しこんでいる。おゝ、
おさではないか!
おさと
びわこは
あっこの高校時代の親友で、「パ聴連=荻窪大学」最年少メンバーだった
あっこの紹介で我々のアルバイト仲間に招じ入れられ、いろいろ愉快な体験を共にした(その流れで
びわこは
あきらが初監督する八ミリ映画に主演した)。かれこれ三十五年も前のことだ。
しばらくすると仕事を終えた
あっこも到着、三十数年来の旧友三人が並んで蕎麦を啜るさまは壮観、なんだか奇蹟を目の当たりにするような感じ。なにしろ、この三役揃い踏みを目にするのは1970年代末、アルバイト時代以来だからだ。永い時が流れても、何れ劣らぬ美少女との印象は変わらない。やがて到着した
あっこの元同僚
ようこにも当て嵌まろうが、いろいろ波乱万丈の人生を経て、美しさがいっそう深まる女性軍には脱帽するしかない。
そうそう、ここ「小松庵」の蕎麦も旨かった。小生は「生粉打ち」すなわち十割蕎麦を食したが、通常の二八蕎麦も美味しかった由。蕎麦焼酎が五臓六腑に沁みる。
あっと云う間に二時間が経ち、急ぎ足で新宿駅東口にある最終目的地の居酒屋へ。うまい具合に酔いが回って寒さを感じない。少々千鳥足だったかもしれぬ。
Boeが予約してくれた居酒屋「
ごだいご」は映画館のビル「新宿武蔵野ビル」の五階にある。ところが肝腎のエレヴェーターの前が黒山の人だかり、待てど暮らせど順番がやってこない。このビルの上階はどうやら居酒屋が蝟集しているらしく、金曜日の夕方七時とあって、これから忘年会という面々がどっと繰り出して大混雑しているのだ。仕方なく階段で五階まで登ったのだが、扉が施錠されていて、また地上にとぼとぼ舞い戻る。そんなかんなで到着が少し遅れてしまった。
店員に案内されたのは大部屋の一隅。個室は取れなかったが、広さはまずまず充分だろう。数分後にはほぼ全員が揃った。
びわこ、
おさ、
あっこ、
ようこ、
Boe、
あきら、
こいぶ、
黄土、
小生。それから特別ゲストとして、林美雄の「パックインミュージック」に光を当てたドキュメンタリー連載「1974年のサマークリスマス」を終えたばかりの
柳澤健さん。年末とて本業が抜けられない
しゅんと
ひろみ、お孫さんが誕生したばかりという
イケチンは残念ながら欠席だ。本業の忘年会とかち合ったという
おらがは遅れての到着だという。
まずは健さんと文太さんの霊に向けて献杯、そして皆の再会を祝して乾杯だ。
(まだ書きかけ)