今年の4月15日に
ネヴィル・マリナー卿の満九十歳の生誕日を我流で寿いだ際(
→ネヴィル卿の卒寿を祝う演奏会)、彼の最新録音が紹介できなかった痛恨事を、爾来ずっと気に病んでいた。つい先日そのアルバムを手にしたので、今夜は罪滅ぼしとしてそれを聴くことにする。
"The 20th century Concerto Grosso : Schulhoff, Krenek, D'Indy"
シュールホフ:
フルート、ピアノ、弦楽合奏、二本のホルンの二重協奏曲*(1927)
クシェネク:
フルート、ヴァイオリン、ピアノ、弦楽合奏のための小協奏曲**(1924)
ダンディ:
ピアノ、フルート、チェロ、弦楽合奏のためのコンセール***(1926)
ピアノ/マリア・プリンツ
フルート/カール=ハインツ・シュルツ
ヴァイオリン/クリストフ・コンチ**
チェロ/ロベルト・ナジ***
ネヴィル・マリナー卿指揮
アカデミー・オヴ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ2012年9月21~23日、ロンドン、セント・ジョンズ・スミス・スクエア
Chandos CHAN 10791 (2013)
→アルバム・カヴァー両大戦間のいわゆる新古典主義の隆盛時に書かれたバロック風の合奏協奏曲を集めた秀逸な企て。シュールホフ、クシェネクときて、ヒンデミットでもマルチヌーでもなく、ヴァンサン・ダンディのコンセール(最晩年の作)が組み合わされるのが意外でもあり、同時に本アルバムのチャームポイントでもある。
三曲に共通するのは独奏楽器のフルートとピアノ、そして小編成の弦楽中心のアンサンブル。いずれも演奏機会の滅多にない珍しい曲だ。九十近い翁(録音の時点で八十八歳、発売時には八十九歳!)にとって、三曲いずれも未知の演目だったに違いなく、クシェネクに至っては世界初録音だという。いつまでも旺盛な好奇心と果敢なチャレンジ魂を失わないネヴィル卿の意気軒昂ぶりには目を瞠る。その精神と肉体に漲る若々しさには脱帽するしかない。
このアルバムのそもそもの発案者はピアニストのマリア・プリンツだったらしい。彼女が書いたライナーノーツによると、まずシュールホフとダンディの組み合わせを思いつき、知人のフルート奏者からクシェネク作品の存在を教えられたのだという。すでに何度も共演して親しくなったマリナー翁に相談すると、老匠は未踏の領域の開拓にすぐさま乗り気になり、楽譜を研究し始めたというから偉いものだ。話はとんとん拍子で進み、ウィーン・フィルのフルート・ヴァイオリン・チェロ奏者をソロイスツに、マリナーのかつての主兵ASMFとの共演が決まったとのことだ。
感心してしまうのは、三者三様に擬古趣味を装った作曲家ごとの作風の違いを、マリナーがいともくっきり鮮やかに振り分けていることだ。「そんなのは当たり前だろう!」と翁に一喝されてしまうかもしれないが、さすがヴァーサタイルな指揮者だわいと改めて舌を巻いた次第。
思うにクリストファー・ホグウッドの場合と似て、バロック音楽を永く自己のフィールドにした指揮者がこうした新古典主義の楽曲に取り組むと、抜群の親和性を発揮するという、これはもうひとつの例なのかもしれない。とにかく迷いのない、輪郭のくっきり際立った明晰な指揮であり、演奏なのだ。
ちょっと検索してみたら、ロンドンでの録音セッション風景の一部が動画で試聴できるようだ。シュールホフとクシェネクそれぞれ一楽章ずつであるが、手堅くも小気味よい彼らの音楽づくりの一端が窺えよう。気に入ったならアルバムも是非。
→シュールホフの終楽章→クシェネクの第三楽章