今日もうそ寒く鬱陶しい雨の日。もう三日間も降り続いている。この憂鬱な気分を spleen と言い換えるとヴェルレーヌの詩の世界が少しだけ身近になるかもしれない。というわけで、またもやドビュッシーの若書き歌曲を聴く。
"Debussy: Clair de lune - Natalie Dessay - Philippe Cassard"
ドビュッシー:
01. 星の夜
02. 無言劇
03. 月の光
04. ピエロ
05. 顕現
06. 秘やかに
07. 雅なる宴
08. ロマンス (移り気な悩める魂)
09. 鐘
10. 中国風ロンデル
11. 波・棕櫚・砂 (伴奏/ピアノとハープ)*
12. エアリエルのロマンス
13. 哀惜
14. 海に落ちた水夫 [世界初録音]
15. 死化粧
16. 弓 [世界初録音]
17. ロマンス [世界初録音]
18. 妖精たち [世界初録音]
19. 選ばれし乙女 (ソプラノ、メゾソプラノ、合唱とピアノのための)**
ソプラノ/ナタリー・ドセ
ピアノ/フィリップ・カサール
ハープ/カトリーヌ・ミシェル*
メゾソプラノ/カリーヌ・デエー**
アンリ・シャレ指揮 パリ青年合唱団**2011年11月12~13、22~25日、パリ、サル・コロンヌ
Virgin 730768 2 (2012)
→アルバム・カヴァードビュッシー生誕百五十年目の2012年が近づく頃には、「ヴァニエ歌曲集」の発見・刊行からすでに三十数年もの時が経過しており、彼の二十歳代初頭の若書き歌曲群は多くのソプラノ歌手のレペルトワールとして定着して久しかったとおぼしい。
ヴェロニク・ディーチーがCD四枚に収めたソプラノ歌曲全集(決定的名演である! Adès, 1993~2002)に、それらはほぼ遺漏なく収められたし、カナダの
ドナ・ブラウンには「青春期の歌曲」と題されたアルバム(ATMA, 2001)まであって、「これ以上もう新発見はないだろう」と小生なぞは多寡を括っていたものだ。
ところがどうだ! いざ記念年の蓋が開いてみたら、そんな愚かしい予想を遙かに超えた未曾有のアルバムが我々を待ち構えていた。
仏蘭西オペラ界きっての人気歌姫
ナタリー・ドセ(デセイ)がこれまた当代屈指のドビュッシー弾き
フィリップ・カサールを伴奏者に迎えてドビュッシー歌曲集、それも初期作品ばかり集めたアルバムを世に問うたのである。これまで永く劇場の住人だった彼女がドビュッシー歌曲リサイタルに挑むのは異例な出来事だったから、ちょっと怖いもの見たさに似た冷淡な好奇心で小生は手にしたものだ。「おおかた大仰でオペラティックな歌唱に終始するのではあるまいか?」と。
ドビュッシー歌曲集の話を持ちかけたのは、どうやらフィリップ・カサールのほうだったらしい。ナタリー・ドセは1990年代の初めにリサイタルでドビュッシーの初期歌曲をいくつか歌ったことがあり、それ以来カサールは共演の機会を密かに探っていたのだという(カサールは先述のディーチーのドビュッシー録音で伴奏を務めていたが、何らかの理由で途中で身を引いてしまった)。
2009年このかたドセは舞台(ウィーン)でも演奏会形式(パリ、ロンドン)でも何度か《ペレアスとメリザンド》の主役を務めており(アン・デア・ヴィーン劇場での舞台はDVD化された)、近年は本盤にも収録されたカンタータ《選ばれし乙女》を歌うなどして、いわば機が熟していた。生涯初のリサイタル・アルバムにドビュッシーの若書き歌曲を取り上げたのも、必然の成り行きということになろう。
いずれにせよ、両者の共演は思いもよらぬ成果をもたらし、馨しくも芳醇な果物となって結実した。小生の危惧は幸いにも杞憂に終わったのだ。
ドセの歌唱はクールな声質と濃密な表情の不思議なアマルガムといおうか、リート歌手たちよりも解釈が幾分かエスプレッシーヴォだが、巧緻な節回しには程よく知的な抑制も働き、ドビュッシーを熟知したカサールの周到なピアノに導かれながら、コロラトゥーラが空虚な表現過多に陥る罠を巧みに免れている。これがもしドビュッシー円熟期の作品だったら結果は違ったかもしれないが、少なくもこれら若書きに関しては、彼女がマスネ―やグノーのロマン派オペラで培ったノウハウが奏功し、稀にみる甘美で高雅なドビュッシーが出現した。一聴して陶然となる。
そしてなによりも選曲が万全である。まず「ヴァニエ歌曲集」全十三曲から六曲を選りすぐり、そのほかに同時期に書かれたソプラノ歌曲を八曲ほど織り交ぜている(大半はヴァニエ夫人を念頭に作曲されたもの)。
かてて加えて、これまで存在も知られていなかった未公刊の世界初録音曲が四曲も加わるという贅沢さ! そのなかで「妖精たち Les Elfes」は七分以上を要する大作であり、ドビュッシーが生涯で書いた歌曲のうちで最も長大なものらしい(ただし出来は凡庸)。ドビュッシー歌唱史に新たな一頁が加わったと云っても過言でない快挙である。この新発見の四曲は草稿の形で某パトロンのコレクションに秘蔵され、たまたま機会があって楽譜の束を調べたカサールが未知の作品群だと気づいた由。いかにもブルジョワジーが幅を利かせる仏蘭西らしい話である。
すべての収録曲がドビュッシーの「ヴァニエ夫人期」すなわち十代末から二十代初めにかけてのパリ音楽院在学時の歌曲のみで埋め尽くされるのが壮観だが、その締めくくりに夫人との別離後、ローマ留学時の数少ない所産であるカンタータ《
選ばれし乙女 La damoiselle élue》が聴けるという配慮も心憎い。
ドビュッシーがドビュッシーに「なろうとして」試行模索するさまが彷彿とする、なんとも素晴らしいアルバムである。作曲家の生誕百五十年を寿ぐのに、これ以上に好もしい企画はあり得ないだろう。