肩の荷が下りたので音楽で心身を癒やそう。先日来の
クリストファー・ホグウッド追悼の架空演奏会、今夜こそ本領のバロック音楽を。ただし拙宅にあるのは、彼にとっては他流試合となるフィリップス録音による名歌手との共演盤なのだが。
"Sylvia McNair: The Echoing Air -- The Music of Henry Purcell"
パーセル:
第一部/
■ 《階段》序曲
■ もし音楽が恋の糧なら
■ シーベル*
■ 戦を! 戦を!雄々しき殿よ!
■ 戦を*
■ 情深い天使よ、教え給え
■ 緩やかなエア*
第二部/
■ 我ら来たりて歌い*
■ おお! 昏く安らかな場所へ我を誘え
■ おお孤独よ
■ 起きよ!起 きよ! 木霊する大気よ
■ トランペット・テューン*
第三部/
■ 薔薇よりも甘く
■ こよなく美しき島
■ 誠実なる恋人を得し女は
■ 世にも狡猾なるクピド
■ 私は恋の病から逃れようとしたが
■ ジグ*
第四部/
■ 暫しの楽の音
■ 破局の時は疾く来たる
■ 聴け、強き愛の神*
■ 悲歌:おお泣かせ給え
■ チャコニー ト短調*
ソプラノ/シルヴィア・マクネア
クリストファー・ホグウッド指揮(*=編曲も)
ジ・アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック
オルガン&チェンバロ/クリストファー・ホグウッド
チェロ&ヴィオラ・ダ・ガンバ/ローレンス・ドレイファス
アーチリュート/ポール・オデット1994年8月、ロンドン、セント・ジョンズ・スミス・スクエア
Philips 446 081-2 (1995)
→アルバム・カヴァー"Kiri Te Kanawa: The Sorceress"
ヘンデル:
序曲 ~《リナルド》
涙流るるままに ~《リナルド》
序曲 ~《アルチーナ》
そなたは我が星 ~《ジューリオ・チェーザレ》
シンフォニア ~《アマディージ》
シンフォニア~我は君を愛す、小さき瞳よ ~《ジューリオ・チェーザレ》
バッロ~ミュゼット ~《アリオダンテ》
麗しき歓び ~《アグリッピーナ》
シンフォニア ~《アドメート》
愛しい人に侮られ~昏き地獄より呼び出され ~《アマディージ》
おお残酷なルッジエーロ~青ざめた影どもよ ~《アルチーナ》
アダージョ ~《ジュスティーノ》
絶望するなかれ ~《ジューリオ・チェーザレ》
我が運命を嘆かん ~《ジューリオ・チェーザレ》
メヌエット ~《アルチーナ》
ソプラノ/キリ・テ・カナワ
クリストファー・ホグウッド指揮
ジ・アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック1992年7月、ヒルフェルスム、NOBスタジオ
Philips 434 992-2 (1994)
→アルバム・カヴァーいずれも広範なレパートリーを誇るヴァーサタイルな美貌の歌姫がバロック音楽の領域にも版図を拡げようと、斯界の専門指揮者ホグウッドとの協働作業を望んだものだろう。小生の知る限り、マクネアもテ・カナワもホグウッドと組んだアルバムは各自これ一枚しか存在しないはずだ。
ヘンリー・パーセルはホグウッドの十八番であり、《ダイドーとイニーアス》《インドの女王》全曲を筆頭に、エマ・カークビーらを起用して少なからぬアルバムを録音しており、共演者として彼に白羽の矢が立ったのは理の当然だろう。
マクネアは当時そのキャリアの絶頂にさしかかり、前年にはガーディナー指揮によるモンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》全曲盤でタイトル・ロールを歌うなど、バロック・レパートリーにも積極的だったと察せられる。古楽系のオーセンティックな歌唱法とは異質かもしれないが、マクネアの歌うパーセルは彼女なりに絶品であり、いかにもこの人らしく癖のない、甘美で透明な歌唱が聴ける。
アルバム構成は四部分からなり、それぞれ管弦楽だけの小品と彼女の歌入りの小品とをほぼ交互に配列してある。ライナーノーツによると、これはパーセル歿後に催された追悼演奏会の構成に倣ったものらしく、こうした特異な曲目配列は明らかにホグウッドの発案によるものだろう。その意図するところはパーセル初心者の小生には今ひとつ理解できない(四部構成の意味も不詳)が、何も考えずにただ聴き流すなら、これほど耳に心地よく、心に沁みわたるパーセル・アンソロジーは滅多にないだろう。だから折に触れて愛聴している。
もう一枚のヘンデル・アルバムもまた、前作に劣らず興味深い内容である。テ・カナワにとってもバロック音楽は馴染の演目ではなく、だからこそホグウッドの起用へと繋がったのはマクネアのパーセルと同様だろう。
ただし当時すでにテ・カナワは少なくも録音ではキャリア末期にあたり、全盛期は疾うに過ぎ、不調が伝えられた時代だから、新たなレパートリー開拓には別の意味合いがあったかもしれない。とはいえ本盤に聴く彼女の声は絶好調とはいえないまでも、目立った破綻もなく、少し気取った格調の高さも従前どおり。ホグウッドの堅実なタクトに支えられ、無理なく心地良さそうに歌っている。
マクネアのパーセル・アルバムと同様、このヘンデル・アンソロジーも曲目編成がちょっと変わっている。しかも短い管弦楽曲(オペラの序曲、シンフォニア)とオペラのアリアとがほぼ交互に登場する点が前者そっくり。ただし、ここでテ・カナワが披露する歌の過半はアルチーナ、クレオパトラ、メリッサ(《アマディージ》に登場する魔女)といった女魔法使や妖婦──すなわち「男を誘惑する悪女」たちが歌うアリアなのだ。アルバム標題 "The Sorceress" の拠って来る所以である。
(まだ聴きかけ)