昨日の遠出の疲れがどつと出て、今朝は盛大に寢坊をやらかし、布團の中でずつと仕舞ひまで「バラカン・モーニング」を聽きながらうたゝ寢する體たらく。その後も終日だらだらと無爲に過ごした。
備忘録風にざつと書き留めて置かう。昨日は齒醫者で治療を終へた家人と晝過ぎに落ち合ひ、そのまゝ驛近くで晝食を摂る心積もりだつたのだが、どういふ彈みか電車でどこかへ出掛けやうと衆議一決。天氣豫報では午后に雨となつてゐたのに、雲間から薄日が射して來たので、不意に氣が變はつたのだ。
かういふ時プリペイド・カードのSuicaは實に便利である。乘つてしまつてから行き先を考へる。前々から話題に上つてゐた松戸の「
戸定(とじょう)邸」にしやうと直ぐに相談が纏まる。十日程前にBS朝日の「
百年名家」といふ番組で詳しく取り上げられ、その映像と解説にいたく關心をそゝられた物件だ。同じ千葉縣に棲む者として一度は訪れねばなるまいと心に決めたのである。
戸定邸とは明治になつてから松戸の地に建てられた德川昭武
(あきたけ)の邸宅である。云ふ迄もなく昭武は江戸幕府最後の將軍・慶喜
(よしのぶ)の實弟であり、水戸德川家最後の當主。この住居は維新後の明治十七(1884)年の築ながら、個々の建物の配置や細部の造作は江戸時代の傳統的な大名屋敷の面影をば色濃く留めてをり、他に殘存例の無い貴重な住宅建築の遺構として國の重要文化財に指定されてゐる(以上は番組からの受け賈り
→番組HP)。
JRの在來線を三本乘り繼いで一時間强で目指す松戸に着到。この驛で降りるのはかれこれ三十數年ぶり位ではなからうか。さうなると最早まるきり初めて來るも同然である。見慣れぬ街の雜踏にひどく戸惑ふ。
道案内の標識に導かれてとぼとぼ歩くこと十數分。街竝が途切れた邊でだらだら坂を上がつて、小高い丘が間近に迫つたと思つたら石段がある。これを登り切ると戸定邸の正門だ。將軍の弟の屋敷門らしくない地味な構へ(
→これ)に驚く。
門を潜ると直ぐさま目の前に住居の建物があつて一寸拍子抜けする。德川家だからと云つて二條城や名古屋城のやうな豪放廣壯な建物群を想像すると肩透かしを喰らふ。實に小ぢんまりと質素な、只管に實用本位な住居なのである。TV番組で豫習した通り、小ぶりな部屋を連ねた小規模な構へは一家が生活するのに必要最低限と云つてよく、此れはもう時代が德川の御世でないのだから致し方あるまい。ひつそり世を忍ぶ爲の隠居所といつた處か。
見た目も随分と質素であり、各部屋には華美な設へや餘計な装飾はまるでない。襖は總て取り払はれてゐるが、元々繪柄の無い白襖だつたといふから、地味な印象は元からなのであらう(
→これ)。
たゞし用材と工法は吟味されてをり、今囘の大震災でも全く被害は無かつたといふから餘程頑丈な造りなのだらう。あちこち目を凝らして總ての部屋を觀て廽つたが、素人が眺めて樂しめる細部は欄間飾り(
→葵、
→蝙蝠、
→喋々)位か。
ヴォランチーヤ解説員の懇切な説明を傍らで暫く拝聽したあと、縁側から庭へ出てみた。驚いた事に一面が芝で覆はれてゐて、純日本家屋に附随する庭園としては頗る異色の眺めなのだ(
→縁側からの眺望、
→庭から觀た戸定邸)。
舊い寫眞を參照すると、この庭は創建當初から芝生張りだつた事が判り、明治十年代には珍しい洋風庭園だつた事實が知られる。兄將軍の名代として巴里萬國博覧會に出席の爲に十代で渡歐し、佛蘭西で諸學を修めたといふ德川昭武ならではの西洋趣味が色濃く反映した獨創的な作庭と云へよう。
再び邸内をざつと廽った後、敷地内に建つ戸定歴史館で夏季展「坂川・江戸川水景色」を鑑賞。近在の江戸川流域の風景や庶民生活を寫した寫眞展なのだが、撮影者が德川昭武と德川慶喜である點が見處である。
兄弟は揃ひも揃つて寫眞撮影が趣味だつたさうで、一諸に近所を巡り步いてスナップ散策に赴いた由。撮影技術といひ構圖といひ兩人共に玄人跣の腕前であり、撮影日も撮影場所もしつかり同定されてゐる處から本邦寫眞史上にも價値ある作品群といへよう。複製展示ながら中々に興味深かつた。
戸定邸見學を終へて松戸駅界隈へ戻る道すがら、「
ブーランジェリー・ラ・マシア」といふ小さな自家製麺麭屋を見つけ、美味さうな菓子麺麭を數種類土產用に買ひ求めた(歸宅後に賞味したら、どれも馨ばしくて旨かつた)。
さう云へば今日は未だ晝食を攝つてゐなかつた事に氣付いたが、時刻は午后四時に近かつたので驛前商店街の飮食店は何處も準備中。
詮方ないので驛に隣接するビル「アトレ」の上層階にある饂飩屋「
杵屋」で腹拵へ。ひどく空腹だつた所爲だらうか、家人も小生もそこそこ滿足した。食べ終へて表へ出るとポツポツ雨が降り出す。いやはや危ない處だつた。
歸りは往路とは趣向を變へ、新京成線に乘つてみた。くぬぎ山、鎌ヶ谷大佛、瀧不動などと云ふ見馴れぬ驛名に興趣をそゝられるが、窓外は生憎の雨模樣。何時の間にか正體無く眠りこけてしまひ、終點の京成津田沼で慌てゝ下車。そこからは私鐡と路線バスを乘り繼いで歸宅。雨は辛うじて降り止んだ。
行き當たりばつたりの小旅行だつたが其處が却つて面白かつた。
附録)
德川昭武が兄將軍の名代として巴里に滞在中、
ジェイムズ・ティソが水彩で描いた貴重な肖像畫が水戸に殘されてゐる(
→これ)。德川ミュージアムの收藏作品ださうだが、何時か機會があつたら現物を拜みたいものだ。