夕餉後TVを消して休息してゐると、窓外から蟲の音が聽こえて來た。秋の訪れをしみじみ感じさせる瞬間だ。日中も外を歩くのがちつとも苦にならない。
午后遅く近邊をそゞろ歩いてゐたら蜻蛉の群がすいつと目の前を横切つて行くのが見えた。それも數匹ではなく、もつと澤山の集團で。恐らく何處か公園の池あたりで羽化したばかりなのだらう。これまた季節の變化を如實に示す眺めである。
ちよつと窓を開けてみると秋の蟲はますます耳に喧しい。夜風に當たりながらティーポットに八十度位の湯を注いでニハトコ茶を淹れてみる。つひ先日、關西の知友から訪英の土産物として頂戴したものだ。老舗フォートナム&メイソン謹製の "
Green Tea with Elderflower" といふ銘柄で、「エルダーフラワー」卽ちニハトコの花で馨り附けした緑茶である(
→これ)。
前にも此處で何度か話題にしたが(例へば
→エルダーフラワー・コーディアル)、ニハトコは英國人のこよなく愛する飲用植物であり、倫敦を訪れる度毎に美術館のカフェや驛の立ち飲み店で、
エルダーフラワー・コーディアル(ニハトコの花を煎じ薄く甘味を附けたもの)や
エルダーフラワー・プレッセ(同種の飲料の炭酸割り)を所望した。仄かだが上品で特徴的な味と馨りがして、これらを口に含んだ途端「あゝ遙々英國迄やつて來たのだなあ」と嬉しくなる。
さてその戴き物のニハトコ茶であるが、これが絶品である。久しぶりにエルダーフラワーの懷かしい匂ひで暫し恍惚となる。仄かな馨り、と云ふよりむしろ、くつきりと匂ひやかに自己主張する芳ばしいニハトコ。
お茶として味わふのは初めてだが、ちよつと癖になりさうに風雅な滋味だ。眼を閉じると居ながらにして倫敦を髣髴と幻視できるのが難有い。
名稱こそ「グリーン・ティー」と謳つてあるものゝ、注がれた液體は緑と云ふよりも褐色がかつてをり、或ひは日本の焙じ茶のやうに幾らか焙煎を加へたものかも知れない。色といひ味といひ馨りといひ兎に角これは天下の逸品。心身が鎭まる。
今ふと思ひ出したのだが、ニハトコ飲料と云へばこの夏、あちこちのキオスクやコンヸーニエンス・ストアに「
エルダーフラワー&レモンピールのほのかな香り」と銘打たれた「世界のKitchenから Sparkling Water」なる清涼飲料が竝んでゐて「おゝ、これは!」と期待したのだが、炭酸と檸檬味がきつ過ぎるからかニハトコの馨氣が餘りにも淡く儚く頼りなくて、本當はこんな情けない飲物ぢゃあないぞ、と些か殘念な思ひに驅られたものだ。
勿體無いのでポットに再び湯を注ぎ入れ、ニハトコ茶の出涸らしを試してみたら、まだまだ馨りがしつかり殘つてゐて、二煎目も三煎目も充分に行けさうだ。今宵はこれを飲みながら英國音樂でもしみじみ聽きたい氣分である。
"Hallé - Elgar: Enigma Variations etc. - Mark Elder"
エルガー:
謎の變奏曲*
絃樂セレナーデ**
コケイン(倫敦の下町)序曲***
朝の歌(シャンソン・ド・マタン)**
謎の變奏曲/結末部初稿*
マーク・エルダー指揮
ハレ管絃樂團2002年10月16、17、20日、マンチェスター、ブリッヂウォーター樂堂*
2002年10月17日、マンチェスター、ブリッヂウォーター樂堂(オルガン)***
2002年7月7、8日、マンチェスター、BBC新放送會館ストゥーヂオ7** ***
Hallé CD HLL 7501 (2003)
→アルバム・カヴァー