昨夜に引き続いてディーリアスをもう一枚。ただしメインの曲目ではなく、アルバムの埋め草としてほんの数分をフィルアップするだけの扱いである。とはいえ、これは決して見過ごすことのできない一枚だ。何しろ日本の演奏家が日本のレーベルのために吹き込んだ珍重すべき録音なのだから。
《バーバー:チェロ協奏曲、エルガー:チェロ協奏曲 他》
バーバー: チェロ協奏曲
エルガー: チェロ協奏曲
ディーリアス: 間奏曲とセレナード ~劇音楽《ハッサン》
チェロ/長谷川陽子
下野竜也指揮
チェコ・ナショナル交響楽団
2009年6月12、13日、プラハ、ルドルフィヌム、ドヴォジャーク・ホール
ビクター VICC-60726 (2010)
→アルバム・カヴァー前々から気に懸けていたものの、定価が高くてなかなか手が届かなかった。たまたま新品を格安で入手できたので勇んで聴いてみた次第。
長谷川陽子さんは既に四半世紀以上のキャリアを誇るチェロ界のヴェテランであり、既にバッハの無伴奏、ブラームスやラフマニノフのソナタ、シューマンとドヴォジャーク(二度)の協奏曲などの録音がある。当CDには一応「バーバー生誕100年記念録音」と銘打たれてはいるが、本当の狙いは彼女の三十代を締め括るモニュメントなのではなかろうか。そう小生は勝手に想像した。
何度聴いても苦手なバーバーはさておいて、エルガーこそ掬すべき演奏である。申し分ない技巧と、深く艶やかな美音、抑制の利いた歌、途切れることのない緊迫感──わが国のチェリストが到達した金字塔と呼ぶべき録音だ。そもそも日本人でこの協奏曲をCDにしたのは今回の長谷川さんが最初ではないか。
単にソリストに寄り添うだけでなく、独自のエルガー解釈を果敢に披瀝した下野竜也の指揮も称賛に値しよう。当録音で日本のオーケストラでなく、なぜわざわざ場違いなプラハの楽団が起用されたのか、その理由は全く不明だが、下野はよく他流試合に耐えて周到なコントロール能力を披瀝している。見事というほかない。
さてその記念すべきディスクの最後に、アンコール風にこっそりディーリアスが忍ばせてあるのが小生のようなディーリアン(ディーリアス愛好家)には悦ばしい。ディーリアスにはれっきとしたチェロ協奏曲のほか、「カプリスとエレジー」というチェロと小管弦楽のための協奏的小品もあるのだが、わざわざ劇音楽《ハッサン》から「間奏曲とセレナード」を選び出した長谷川さんのセンスに脱帽だ。
管弦楽用の「間奏曲とセレナード」をチェロの協奏作品風に奏する流儀は、三十年以上も前ジュリアン・ロイド・ウェッバーが録音したきり、誰ひとり試みなかったものだ。しかも長谷川さんの演奏は楚々とした風情ながら深く心に染み入る。ほんの四分半の恍惚。ここまで純度の高いディーリアスは滅多になかろう。
ところで、日本人によるディーリアス録音はこれが最初ではない。
誰もが「あゝあれがある」とまず思い出すのは、
小川典子さんがキャスリン・ストットと組んだ四手ピアノ用編曲によるディーリアス・アルバム(2002
→拙レヴュー)だろう。そのほか
竹ノ内博明さんとサイモン・キャラハンが二台ピアノで挑んだディーリアス集(2012, 2013
→拙レヴュー)があり、記憶に新しいところではヴァイオリニスト
小町碧さんが同じくサイモン・キャラハンと共演したディーリアス、ドビュッシー、ラヴェルのソナタ集(2014
→拙レヴュー)が今春に出た。
ただし彼らは三人とも英国を拠点として国際的に活躍する奏者たちであり、これらの録音はいずれも欧州で日本人スタッフの与り知らぬところで制作されたものだから、純粋に「日本人の手になる」ディスクと呼ぶのはちょっと躊躇われる。
日本人の、日本人による、日本人のための純国産ディーリアス録音──そんな試みが果たして過去にあっただろうか。
なんとも驚いたことに、実はこれまでに少なからぬディーリアス録音が日本人の手で敢行され、音盤に刻まれている。論より証拠、たまたま小生の手許にあるものを録音年代順に書き連ねてみよう(曲名はアルバム記載のまま)。
1)
《スウィート SWEET》
春初めてのカッコウを聞いて
井上道義指揮
オーケストラ・アンサンブル金沢1993年8月、富山、小杉町文化ホール
ポリドール Deutsche Grammophon POCG-1796 (1994)
→アルバム・カヴァー2)
《林光:ラプソディ/エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第三番、他》
ヴァイオリン・ソナタ 第二番
ヴァイオリン/石井啓一郎
ピアノ/石井啓子1999年5月3~5日、富山・上市、北アルプス文化センター
オクタヴィア Exton OVCL-00004 (1999)
→アルバム・カヴァー3)
《イギリス フルート作品集》
ソナタ 第三番 (編/中川紅子)
フルート/中川紅子
ピアノ/長尾洋史1999年8月19、20日、東京、三鷹市芸術文化センター
コジマ録音 ALM Records ALCD-9019 (2000)
→アルバム・カヴァー4)
《"蓮の国" ~近代イギリス・ピアノ小品集》
三つの前奏曲
ピアノ/井田久美子2002年4月16、17日、群馬、笠懸野文化ホールPAL
ミッテンヴァルト MTWD 99008 (2002)
→アルバム・カヴァー5)
《鳥の歌/大谷環ギター〈音の栞〉Vol.2》
夏の夜川面で歌う (編/大谷環)
ギター/大谷環2002年6月、埼玉・松伏、田園ホール・エローラ
Ohtani Guitar Workshop KOKOS-6949 (2002)
→アルバム・カヴァー6)
《チェンバロ・レボリューション~プティット・ロマンス》
舞曲
チェンバロ/有橋淑和2002年5月30、31日、9月16、17日、東京、キング関口台第1スタジオ
キングインターナショナル たまゆら KKCC 3004 (2002)
→アルバム・カヴァー7)
《ノスタルジア~懐かしい風景》
前奏曲「ハワード・ジョーンズに」
ピアノ/久元祐子2003年4月1、2日、東京・東大和、ハミングホール
ナミ・レコード Live Notes WWCC 7447 (2003)
→アルバム・カヴァー8)
《尾高忠明:英国音楽の花束/イギリス管弦楽名曲集》
楽園への道 ~歌劇「村のロミオとジュリエット」
尾高忠明指揮
日本フィルハーモニー交響楽団2003年9月4日、東京、サントリーホール(実況)
オクタヴィア 日本フィル JPO-39CD (2003)
→アルバム・カヴァー9)
《ララバイ オー ララバイ! Lullaby, oh lullaby!》
子守歌
近代的な赤ちゃんのための子守歌
ソプラノ/マーシー・メス
ピアノ/木野真美2007年1月16、17日、三鷹市芸術文化センター
ナミ・レコード Live Notes WWCC 7553 (2007)
→アルバム・カヴァー10)
《クァルテット・エクセルシオ》
弦楽四重奏曲「去りゆくツバメ」(第三楽章のみ)
クァルテット・エクセルシオ2007年3月12~14日、富山、入善コスモホール
ジェイズミュージック JMCC 20206 (2007)
→アルバム・カヴァー11)
《「オーケストラ・アンサンブル金沢21」シリーズ》
小管弦楽のための二つの小品
春を告げるカッコウを聴く
夏の夜に川面で
尾高忠明指揮
オーケストラ・アンサンブル金沢2009年3月21日、金沢、石川県立音楽堂コンサートホール(実況)
ワーナーミュージック WPCS-12382 (2010)
→アルバム・カヴァー12)
《バーバー:チェロ協奏曲、エルガー:チェロ協奏曲 他》
劇付随音楽「ハッサン」より
間奏曲
セレナード (共に編/トマス・ビーチャム)
チェロ/長谷川陽子
下野竜也指揮
チェコ・ナショナル交響楽団2009年6月12、13日、プラハ、ルドルフィヌム、ドヴォジャーク・ホール
ビクター VICC-60726 (2010)
→アルバム・カヴァー13)
《イギリス近代ヴァイオリン作品集~レジェンド》
エアとダンス (編/フィリップ・ヘスルタイン)
レジェンド
ヴァイオリン/岡田光樹
ピアノ/小沢麻由子2011年11月16、17日、滋賀・高島、ガリバーホール
ファウエムミュージック FMC 5077 (2012)
→アルバム・カヴァーどうです? 思いがけず沢山あって吃驚するでしょう。さすがにアルバム全体がディーリアスに捧げられた例はなく、「英国音楽集」のなかに小品が一つか二つ含まれるというのが大半だが、それでもヴァイオリン・ソナタが丸ごと二曲(ひとつはフルート用編曲)聴けるし、歌曲やピアノ曲、更には珍しいチェンバロ曲まで録音されている。ギター用に編曲されたディーリアスなぞ、世界でも稀だろう。
英本国を除けばディーリアン(ディーリアス愛好者)の数が恐らく最も多い日本なのだから、自前のCD録音が出てなんの不思議もないが、それでもこの曲目と演奏形態の多様性にはちょっと感心させられた。数多くのエッセイやライナーノーツでディーリアスの普及啓蒙に尽力した三浦淳史さん(†1997)がもし生きておられたら、「時代は大きく変わった」と目を細められることだろう。