昨日はローレン・バコールのことばかり考えていて、フランス・ブリュッヘンの訃報に応接する暇がなかった。その間ツイッターではその長逝を哀しみ悼む聲しきり。当然だろう。古楽器演奏にとんと不案内な小生ですら分相応に慨嘆している。
ブリュッヘンの動く姿を最初に観たのは1973年の初来日時。ただしTV放映を通してである。無論そのとき彼は当代随一のリコーダー奏者であり、まだ若々しく、椅子に坐った上半身を持て余し気味に揺さぶって、小さな楽器から大きな音楽を自在に導き出す天衣無縫な天才青年の趣だった。
生演奏に初めて接したとき、彼はもうリコーダーをきっぱり放擲し、自分の古楽器楽団「18世紀オーケストラ」を率いる指揮者だった。あれは1988年の初来日だったか、その次の機会だったか、もう判然としないが、「エロイカ」の実演に遭遇した朧げな印象がある。ただし当時の小生は本業の忙しさにかまけ、演奏会体験は殆ど上の空だったから、聴いたうちに入らないかもしれない。
それからあとは近過去の記憶なので頗る明瞭。新日本フィルハーモニー交響楽団の招きで何度か来日し、入念なリハーサルを経て見事な演奏を披露した。
小生が足を運んだのは2009年2月のハイドン交響曲ツィクルス(96+95+93、94+98+97)、2011年2月のベートーヴェン(1+2+エロイカ)、それに最後の来日となった2013年4月のシューベルト(第五+大交響曲)。それに、同じく13年の来日時に手兵18世紀オーケストラとやった公開リハーサル(アヴデーエワを独奏に迎えたショパンの第二協奏曲)、これですべてだと思う。
最後の最後になって、漸くブリュッヘンの至芸のなんたるかを体得したのである。
もうすっかり足腰が衰え、それでも紡ぎ出す音楽には精妙な瑞々しさが漲っていたブリュッヘン。その枯木さながらノスフェラトゥみたいな痩躯と、指揮台の椅子に坐るや否や別人のような意気軒昂、車椅子で退場しながら客席に手を振ってみせた柔和な微笑をいつまでも忘れないだろう。
今日の今日まで聴かずに取っておいたディスクの封を切ることにしよう。2011年の新日本フィルとの「ベートーヴェン・プロジェクト」抜粋の私家版CDである。
"BEETHOVEN PROJECT produced by FRANS BRUGGEN"
ベートーヴェン:
交響曲 第一番 第一楽章*
交響曲 第三番 第三楽章*
交響曲 第五番 第二楽章**
交響曲 第六番 第一楽章***
交響曲 第七番 第二楽章***
交響曲 第八番 第三楽章****
交響曲 第九番 第三楽章****
交響曲 第九番 第四楽章(一部分)****
ブリュッヘンからのメッセージ
フランス・ブリュッヘン指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
2011年2月8*、11**、16***、19日****、
東京・錦糸町、すみだトリフォニーホール(実況)
Sumida Triphony Hall + New Japan Philharmonic (2011)