今野雄二の映画評論集を通読していたら、ケン・ラッセルの映画が無性に観たくなった。拙宅には《
恋人たちの曲 悲愴 The Music Lovers》だの《
ボーイフレンド The Boyfriend》だの、果てはあの禁断の《
肉体の悪魔 The Devils》のDVDすら秘蔵するのだが、いずれも方式の異なる英国製だからパソコンでしか再生できない。あれらの強烈無比な映像と再会するのにPC画面はあまりにも小さすぎる。だから結局これらDVDを開封する日はいつになっても訪れない予感がする。
そういう次第で今宵は一枚のCDをターンテーブルに乗せて、せめて脳内の映写幕にフィルムを投影することにした。それで充分なのだという気もしてきた。
"Maxwell Davies: The Devils - The Boyfriend - Seven In Nomine"
マックスウェル・デイヴィス:
組曲《ボーイフレンド》(1971)
■ ハネムーンの幻想
■ 海浜にて
■ ブルームズベリーの部屋
■ そうなれば幸せに
■ ブルーズ「あなたは私と遊ばない」
■ 憐れな小さなピエレット
■ ポリーの夢
組曲《肉体の悪魔》(1971)
■ タイトル
■ 尼僧ジャンヌの幻覚
■ 悪魔祓い
■ 処刑と終盤の音楽
七つの「イン・ノミネ」(1965)
ニコラス・クリオバリー指揮
アクエリアス1989年10月、ロンドン、アビー・ロード、EMIスタジオ
Collins 10952 (1990)
→アルバム・カヴァー実を云えばこのディスクは2011年11月にケン・ラッセル監督が亡くなった際の追悼演奏会でもかけた。だからその折の紹介文を丸写ししてしまおう。
今や英国作曲界における押しも押されもせぬ大御所としてサーの称号まで戴く巨匠P・M・D(Peter Maxwell Davies)も、70年代初頭はやっと頭角を現しかけた新進作曲家の段階。ケン・ラッセルは逸早くその才能に目をつけ、二本の自作映画のための音楽を続けざまに依頼した。
その二本の取り合わせが半端ぢゃない。一方が1920年代の有閑階級の恋の鞘当てを賑々しく描いた「能天気お気楽ミュージカル」なら、他方は17世紀の修道院で酒池肉林の乱交と陰惨な魔女狩りが展開する「狂気と殺戮の歴史ドラマ」。これらを同時進行で撮った監督も監督なら、いとも平然と書き分ける作曲家も作曲家だ。ふたつの映画音楽を続けざまに聴くと、それだけでもう卒倒しそうになる。
その頃ラッセル監督はP・M・Dのために自腹を切って、その時点での彼の代表曲「狂王のための八つの歌 Eight Songs for a Mad King」と「ヴェサリウスの解剖図 Vesalii Icones」のLP録音プロデュースまで引き受けている。よほどその天才に惚れ込んでいたのだろう。P・M・Dはそのあと、監督とデレク・ジャーマン(《肉体の悪魔》の美術担当だった)に近作オペラ『タヴァナー』への協力を持ちかけているが、諸般の事情でこの話は頓挫した。
互いに尊敬の念を抱きながら結果的にこの二作のみで終わったケン・ラッセルとP・M・デイヴィスとの協働作業の成果を今に伝える貴重なCDである。
付け加えることは何もない。願わくば二本のフィルムがわが脳裏に甦らんことを。