朝十時きっかり、約束どおりの時刻に家人の弟が迎えに来て、家人と小生は彼の車に同乗してドライヴ。房総半島を横断して遙か彼方の犬吠崎を目指す。千葉に越してきて二十年近いが東の果ての銚子周辺には一度も足を踏み入れたことがない。同じ県内でも乗用車なしでは容易に辿りつけない一郭なのである。
薄曇りだった空模様も途中から好転し、岬を見下ろす丘の展望台に立った頃には快晴に。文字どおり360°の絶景に言葉を失う。そのあとは抜けるような青空を背にした白亜の灯台を眺めながらの魚介類のランチ。ここまで遥々やって来て良かった。いやなに、小生と家人はただ座席に坐っていただけなのだが。
食後は銚子漁港の界隈へ。魚市場近くのマーケットでめいめい旨そうな食材を買い込んだ。そのあと潮来や佐原まで足を延ばそうという案もあったのだが、いずれ後日の愉しみということで大人しく帰路に就いた。満腹ゆえか睡魔に襲われ、ナヴィゲイトもせず助手席で眠りこけたのが我ながら情けない。
帰り道で四街道を過ぎたあたりから一天俄かに搔き曇り、大粒の雨が降り出したが、何事もなく無事に帰着。楽チンな旅だったのに相応な疲れを覚え、夕食時まで正体なく眠りこけた。老人は疲れやすいのだ。
そんな訳で今夜はまだ眠くならない。なので新着の中古ディスクをもう一枚。
"S'il vous plaît Virtuoso Miniatures on the Accordion Mie Miki"
ダカン:
01. 郭公 ~クラヴサン曲集 第一集
ラモー:
02. リゴードン 第一&第二番 ~クラヴサン曲集
スカルラッティ:
03. ソナタ ハ短調 K.11
ヘンデル:
04. 調子のよい鍛冶屋 ~ハープシコード組曲 第五番
ヤコービ:
05. セレナード ~アコーディオンのための嬉遊曲
シューベルト:
06, 07. 楽興の時 第三、第五番
ブラームス:
08. 一輪の薔薇は咲きて ~オルガンのためのコラール前奏曲 第八番
イベール:
09. 10. 老いた乞食、小さな白い驢馬 ~「物語」
ストラヴィンスキー:
11. タンゴ
グラス:
12. モダン・ラヴ・ワルツ
アスティエ&ロック:
13. ミス・カーティング
アスティエ&ロッシ:
14. ノヴェルティ・ポルカ
ルグラン:
15. シェルブールの雨傘(主題曲)
ピアソラ:
16-19. S. V. P.(シル・ヴー・プレ)、バチンの少年、チャオ・パリ、白い自転車
コンフリー:
20. 指先もどかし
ゾーン:
21. ロード・ランナー
オギンスキ:
22. ポロネーズ イ短調「祖国への別れ」 ~《灰とダイヤモンド》
ショスタコーヴィチ(アトヴミヤン編):
23. 別れの円舞曲 ~舞曲の回転木馬(ピアノのための二十五の小品)
アコーディオン/御喜美江2009年10月、ウプサラ県(スウェーデン)、レンナ教会
BIS CD 1804 (2011)
→アルバム・カヴァースウェーデン発の輸入盤なのに、英語のほかに日本語のライナーノーツが附いていて、御喜さん書き下ろしの解説文が読めるのだが、英文と邦文とでは少し内容が異なるので、短い英文ライナーのほうを試みに訳してみる。
この《シル・ヴー・プレ》という録音には二十三のリリカルで技巧的な小品が収められている。でも何故これら二十三曲なのか?
私が練習する曲といえば、たいがいは次のコンサートで弾く演目と決まっていて、きちんと間に合うように、できる限りの準備をしなければならない。
ところが仕事がこの段階に差しかかると、私はついつい演奏会のプログラムに含まれない作品を弾いて愉しんでしまう。なかには全く初めての曲(ラモー、オギンスキ、スカルラッティ)もあれば、初めてに近い曲(ヘンデル、シューベルト、ブラームス)もあるし、もう長いことレパートリーに入っているもの(イベール、ピアソラ、ゾーン、グラス)、子供時代からずっと親しんだ曲(ヤコービ、コンフリー)もある。まるで異なるジャンルの音楽(ルグラン、アスティエ)まで含まれている。これらの曲でうっとり夢心地になる歓びを、私は手放すことができないのだ。
このCDはモザイク模様の風景であり、偶然や夢、旅、記憶、ノスタルジーから生まれたものだ。聴く方々が折々の気分や気紛れで曲目を選び、そうすることで、その場にふさわしい何かを見つけ出して下さるよう、私は願っている。
そういう心づもりで、このタイトルにした── 《よかったら、どうぞ》!
日本語ライナーでは御喜さんは少し趣を変えて、冒頭にまず「人生五十年」という言葉を引いて、四歳でアコーディオンを習い始めてから「
気がついたら50年という歳月が過ぎ去って」しまったものの、この五十年は「あっという間」ではなく「
長い長い歳月だったと感じます」と述懐する。ブックレットにはお河童頭の可愛らしい五歳の少女がアコーディオンを弾く姿や、十六歳で国際コンクールに参加したときのスナップなど、御喜さんの珍しい写真が収められている。
つまりこのアルバムは単に彼女の「愛奏曲集」というばかりでなく、半世紀に及ぶ演奏生活を回顧する記念盤という意味合いも籠められている。そんな重要なアルバムをずっと遠目に眺めて過ごし、今頃になって中古盤で(しかも六百円で!)手に取るとは我ながら情けないファンであることよ。
ほぼ時代を追って二十三の小品を無造作にただ並べただけなのに、どれもこれも珠玉の名品揃いにしか思えず、通して聴いても散漫な印象が微塵もない。愛情を籠めて丹念に弾き込まれた所以だろう。
なかにはダカンの「郭公」やイベールの「物語」からの二曲のように再録音もあり、ピアソラの楽曲のいくつかは実演に接した憶えもある(
→そのレヴュー)。誰もが知る「調子のよい鍛冶屋」や《シェルブールの雨傘》テーマ曲があるかと思えば、引用と異化とが矢継早に交錯するジョン・ゾーンの尖った楽曲、アンコール風に奏されるオギンスキ(これも映画ファンには親しい曲)やショスタコーヴィチのような秘曲中の秘曲まで含まれていて、御喜さんの鮮やかな技量と豊かな音楽性を存分に愉しみつつ、ほうぼうで思いがけない出逢いと驚きも体験できる。
こういう味わい深いアンソロジーを何気なく編めるところに、彼女の過ごした五十年分の重みが実感されよう。誰かの手を経た中古盤ではなしに、須らくちゃんと新品で手に取るべき名アルバム。ジャケットの挿画が可愛らしい。